デキル夫とデキナイ妻と
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:前田三佳(ライティング実践教室)
「オーイ、また洗えてないぞ」
ほらまただ。
夫のダメ出しがまた始まった。
私はため息をつきながらキッチンに向かった。
我が家は今年70歳になる夫と私の二人暮らし。
毎朝、ニンジンとリンゴをスロージューサーで搾りジュースを飲むのが習慣だ。
朝1杯の搾りたてのジュースは錆びついたカラダの隅々までいきわたりリフレッシュされる気がする。
だがその後の掃除は正直面倒くさい。
ジューサーを分解し付属のブラシで詰まったカスを丁寧に取り除き洗わなくてはいけない。
今日も大雑把な私がメガネをかけずにチャッチャと洗ったジューサーを、夫がチェックし洗い直している。
やだやだ。
「それなら最初から自分で洗えば?」
「お前の仕事をこれ以上取っちゃ申し訳ないだろ」
そんな不毛な言い争いで朝のフレッシュな気分は一気に吹っ飛ぶ。
まったくこんな日が来るとは思わなかった。
4年前までは。
夫が家事をするようになってかれこれ4年、料理をするようになって1年が過ぎた。
元々夫は家事をまったくしない、年末の大掃除さえ逃げ回るような男だった。
義父が他界し二人の娘も独立して私たち夫婦ふたりだけの所帯になった時、私は将来が不安になった。
(このまま私はずっとこの人のパンツを洗って生きるのだろうか)
暗澹(あんたん)たる気持ちで洗い上がったパンツをたたむ。
夫と別れる気はないし人生にさしたる目標もない私だが、亡き母のように一生家の中で甲斐甲斐しく働いて終わる人生なんて哀しすぎる。
それにもしこの先私が病いに倒れたら、家事能力のない男の生活は悲惨なものになるに違いない。
そんな時、私は数年前タイトルの面白さに惹かれ買った本を思い出した。
買った当初は実感が無く最後まで読まなかったが、今の私に必要な本はこれだと思った。
「定年オヤジのしつけ方 (小川有里著)」だ。
帯には「定年迷子をかかえた妻たちよ。今、立ち上がれ」とある。
おまけに「ああ、うっとうしい! 毎日家にいる夫」の副題の横にランドセルを背負ったオジサンのイラスト。
笑える表紙だが当事者の私には切実な問題だった。
著者の夫は、家事を手伝うなどまったく念頭になく「三食ご飯はでてくるもの」と考えていたような男性だったが、6年かけて見事に「デキル夫」に変貌を遂げたらしい。
素晴らしいではないか。
1946年生まれの著者。同年代の定年男性といえば、「夫は外で働き一家を養い、妻は家庭を守る」という親世代の考え方をそのまま受け継いできた人がほとんどだろう。
その男性がここまで変身したのだ。
このひとより夫はずっと若い。
それに夫はオレ様気質だが根底に愛がある。
私が喜ぶ顔を見たくてたまらない愛い(うい)奴なのだ。
私は本書を熟読し、夫に賭けてみることにした。
洗濯機の回し方、干し方、たたみ方、掃除のしかた、ゴミの分別、風呂掃除、トイレ掃除。
私はひとつずつ根気よく教えた。
若い世代は当たり前のようにやっていることかもしれないが、夫にとっては初めてのことばかりである。
(え? そこ聞く?)と呆れてしまうような質問にも丁寧に答えた。
何より心がけたのは「褒めておだてて大げさに感謝する」ことだ。
この作戦がこれほどまで効くとは思わなかった。
シンプルな性格の夫は私の企みを疑うこともなく、約4年で少しずつ家事ができる男に変わっていった。
1年前からは料理も始め、初めは時間がかかったが徐々に手際がよくなり、私が遅番仕事の時は夕飯のおかずを作ってくれるようになった。
私は気づいた。
夫は家事をしてこなかったが「デキナイ夫」ではなかった。
それどころか彼の方がずっと器用で几帳面だったのだ。
洗濯物のたたみ方ひとつ取っても仕上がりが美しいし、スロージューサーだってピカピカにしてくれる。
料理は初心者らしくキッチリと分量を計り、レシピ通りに作るのでほぼ失敗がない。
筑前煮など、土井善晴先生の指導のままにゴボウやこんにゃくなどの材料すべてを2センチ角に切って煮るから、味がよく浸みて見た目も美しい一品となった。
私が長年の慣れで、レシピも見ずに適当に作る料理とはひと味もふた味も違う。
「ていねいな仕事」とはこういうことを言うのか。
私は唸ってしまった。
なぜ素直に家事をするようになったのか、あらためて夫に聞いてみた。
夫曰く初めは(体の丈夫なオレの方がきっとお前より長生きするだろう。残された時のために家事を覚えよう)と思ったそうだ。
だが家事を覚えるにつれ、妻が予想以上に家事が苦手だったことがわかった。
(こんなに苦手なのにコイツはこれまでひとりで頑張ってきたのか)と逆に感謝の念が湧いた。
「だからこれからはオレが頑張ろうと思ったんだ」と夫は少し照れた。
なんていいヤツなんだ。
夫よ、ありがとう!!
って感心している場合ではない。
ジューサーの洗浄に始まり冷蔵庫内の整理、洗濯物の干し方、たたみ方等々さんざんダメ出しを頂いてきたが、あらためて私は「デキナイ妻」の烙印を押されたのだ。
夫を育てたつもりだったが、まさかこんな日が来るなんて天国の母も泣き笑いしてるに違いない。
キッチンからハンバーグの焼ける匂いが鼻孔をくすぐる。
夫が料理するのを横目にライティングをする私。
私の家事ベタが思わぬところで役に立ち、夫は見事に家事ヤロウとなった。
妻の面目は丸つぶれだが、まあ結果オーライだ。
今の時代、夫の役割、妻の役割と決めつけず互いを思い助け合って暮らしていけばいいのだ。
うん悪くない。悪くないじゃないか。
私はひとりほくそ笑んだ。
***
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