メディアグランプリ

さなぎの親子を蝶にしてくれた先生とサヨナラする日


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:パナ子(ライティング実践教室)
 
 
『その時』が近づいてきていることは何となくわかっていた。
 
「さて、どうしましょう?」
先生が言った時、それは悲しくも確定事項となった。先生は今後について言及しているのだ。正直まだこの場所を離れたくない。
 
ここは、とある研究室のカウンセリングルーム。約2年に渡り、目の前の先生に育児に関する諸々の悩みを聞いてもらいアドバイスを頂いてきた。
 
小学校に入学して間もなく、体全体で拒否反応を示して学校に通えなくなった長男の相談をしたいと門を叩いたのが大学の研究機関内にある臨床心理センターだった。
 
担当してくださった60代の臨床心理士の先生は、ご自身も4人のお子さんを育ててきたお母さんである。ふくよかで目尻の下がった目元、また穏やかな口調は、その頃母親としてやっていけるのか不安しかなかった私に安心感を与えた。
 
今回のカウンセリングで話した内容と言えば、外遊びに行ったきり帰ってこないとか、駄菓子屋でお友達と買い食いをしたがるという話に終始した。
先生は目を細めて「変わりましたねぇ。とても小学生らしくて健康的です」と言った。
 
そう、この二年間の間に彼はどんどんたくましく成長し、もともとの悩みであった不登校を克服した。それはもうここに来る意味がないという事を示していた。
 
約2年前、このセンターを訪れた時、先生は生まれてから今までの事、つまり生育歴についてどんな細かいことでも拾い上げ息子について理解しようとした。ギャン泣きがおさまらなった乳児期、お友達とのトラブルが多かった幼児期、不登校になった学童期……生育歴を語りながら私は改めてどれだけこの子が育てにくかったのかを思い出していた。
 
その頃、息子はいったん小学校をお休みしフリースクールに通っていたが、フリースクールに通えば解決するというものでもなかった。目の前の建物に入れず電柱にしがみついて赤ちゃんみたいに泣く彼を見て途方に暮れたこともあったし、お友達とのトラブルを報告されて「またか」と落胆した気持ちになったこともあった。
 
正直もう育て方がわからなかったし、投げ出したかった。
でも、そんな状態だった私に温かい指導をしてくれたのが先生だった。
 
「〇〇君は、その時何と言ってました?」
「〇〇君はどちらを選びたいんでしょう?」
「お母さんは何と答えたんですか?」
あくまで息子の気持ち主導でさまざまな物事を決めるために、息子をよく観察することを先生は教えた。私はハッとした。もしかしたら理想像を押し付けるばかりで彼の本心に触れたことがどれだけあっただろう、と。
 
そのうち私は彼が何かしゃべり出した時はなるべく手を休めて、彼の話に集中するよう
になった。家事や次男の世話で百点満点の対応とはいかなかったが、今何を考えているのか今日一日どんな気持ちで過ごしてきたのか、出来る限り注目するようになった。
 
そんなある日、私はカウンセリングで盛大に褒められる事となる。
父とのつきっきり登校チャレンジが功を奏し、学校に復帰しだした2年生の6月、学校のトイレの個室で大をしていたところ、ドアの周りに人が集まってしまい『誰か中にいるぞ』とからかわれるトイレ覗き見事件が起きた。
 
息子の話を聞いて腹立たしさを覚えた私は「どこのどいつだ! 学校に殴り込みにいく!!」という勢いで怒りを露わにした。すると息子は「そこまでしなくていいよ」と逆に落ち着き払ってしまったのである。
 
一連の流れを聞いた先生は手放しで褒めてくれた。
「お母さん、とってもよいですね! 素晴らしい対応でした!!」
先生によると母親である私が息子以上の怒りを見せた事で、息子の怒りがプシューと吸い込まれたということだった。もし「気にしなくていいよ」と言っていたら繊細な彼は「僕の気持ちは誰もわかってくれない」とさらに落ち込んでいた、と。
 
抱負な知識と経験に裏打ちされた臨床心理士の先生の賞賛は、母としての自信を失っていた私に大きな力を与えてくれた。カウンセリングが始まってちょうど一年が経過しようとしていた。
他にも、彼を育てる上で「スルーしてもいいこと」「気楽に考えていいこと」「何かを中断してでも真剣に話した方がいいこと」をグラデーションのように教えてくれた。
 
登校チャレンジを夫が成功させた事を報告した際も「それは陰でお母さんが〇〇君を支えてきたから」と労ってくれたし、長男を産んだ時既に実母が他界していて辛かったことを打ち明けた際には「そんな中よく頑張ってきましたね」と慰めてくれた。
 
親身に世話を焼いてくれた義母に申し訳なく「実母がいない辛さ」を言葉にすることができずにいたが、初めて先生に打ち明けたことで、私の心は開放され一気に軽くなった。
 
先生は、伴走者だった。
私の子育てを支え、励まし、応援してくれる、無くてはならない存在になってしまっていた。
 
でも、もうここを去らなければならない。
相談者として問題が解決した以上、ずっとこの場所にいることは出来ないのだ。
 
先生はさなぎのようにいっときの間、私たち親子を外の環境から守ってくれた。絶対的味方の先生がいるカウンセリングに行くのが待ち遠しかった。あそこに行けば、全てを話せば、私は癒され強くなれた。
 
そして私の体には、まだ柔らかながら、でも確かな羽が生えた。
さなぎの時期を終え、ついに蝶として飛び立つ時がやって来たようだ。
とてもさみしくて涙が出そうだけどサヨナラするんだ、私は自分に言い聞かせる。
 
これまで月に一回だったカウンセリングは、残すところあと二回ほどだ。息子が小3を終える頃、私もこの場から完全に卒業するだろう。
 
成長したからこそ去る場があるのだということを人生で初めて知った気がした。
先生に教えてもらった秘伝のタレのようなアドバイスの数々を胸に、息子と私の成長の記録はまだまだ続く。
 
 
 
 
***
 
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2024-06-27 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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