メディアグランプリ

結婚前、パパになれるのか検査した時の話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:たかてぃー(ライティング・ゼミ4月コース)
 
 
「あんたは結婚せんほうがええ」
電話なので表情は見えませんが、ぼそっと母は言いました。
 
「なんでそんなこと言うんよ?」
普段使わない方言が僕の口から意図せずもれる。
 
地元を離れて結婚するから?
田舎すぎるこの町には帰ってこなくていいと言いつつ、本当はさみしかったのか?
相手のことも知ろうとせず、どういうこと?
 
理由を聞いても
「……結婚せんほうがええ」
しか言いません。
 
どこかで少しは嬉しい気持ちをもってくれているのか、結婚を止めるわけでもなく、別にそれでいざこざが生まれることもありませんでした。ただ、「私は結婚しない方がいいと思う」と意見にも満たない感想を伝えたかったよう。
 
そんな結婚がすぐそこの未来になったある日、大好きな彼女が僕に聞きました。
 
「もし、子どもが生まれなかったらどうする?」
「そりゃ、2人でいるだけで楽しいし、それはそれでいいじゃん。授かりものだしね」
「うん、私もそう思う。そしたら、お金はいっぱい自分たちにつかおうね」
 
結婚に希望しかない2人の会話。何気なく笑顔で話して終わったけれど、ふと自問自答してしまう。
 
「本当に子どもがいなくてもいいの?」
「当然でしょ。いいよ」
「じゃあ、彼女は本当に子どもがいなくてもいいと思っているの?」
「いいと言ってくれてはいるけど……」
「もし、自分の問題で子どもが生まれなくても、申し訳ないって思わない?」
「え……」
 
そう思った時、まるで何かの封印が解かれたかのように、忘れていたはずの母の言葉がスルスルスルッとよみがえってきました。
 
「あなたは手術をしたことで、もしかしたら大人になって子どもが生まれないかもしれない」
 
小学校に入ったばかりのある日。朝起きたら、ふとんの中で一緒に寝ていた母は何か自分に言い聞かせるように小さくうなずいてからそう言いました。
 
僕は小さい頃、体が弱かったそうで、ちょくちょく車で2時間くらいかけて大学病院に行っていました。小学校に入ったくらいから病院通いはなくなったので、今ではそれが自分ではないような感覚です。
 
ただ、いくつか病気をしたそうで、小さい頃の手術の痕が今も腹部に残っています。今よりくっきりしていたであろうその痕を指しながら、母は僕に話しました。そんなに詳しく説明されたわけではありません。しかし、申し訳なさそうに話していたことを、結婚を前に思い出してしまったのです。
 
僕は正直、大人になってからの話をされても……といった感じでよくわかっていませんでした。そして、生まれないと言われたわけじゃなかったこと、それに悲しそうな母の顔を見ているのが嫌で「大丈夫! これから元気に生活できるんでしょ」と返しました。
 
それから中学校は皆勤賞、高校も1日しか休まず行けるくらい健康に学校生活を送ることができました。大学で自由に食べ過ぎて、健康診断の際に脂質が多いと再検査になったことはありましたが……
 
あの日以来、その話をすることがなかったので、知らず知らずのうちに心のどこかにしまっていたのでしょう。なのに……
 
「あなたは子どもが生まれないかもしれない」
 
急にあの場面が頭の中で何度も何度も再生される。
「もうわかったって」と自分に言いたくなるくらいに。
 
「自分だけの人生じゃなくなるんだ。自分が一緒にいたい人と自分が一緒にいられれば幸せなの? それは、病気に関係なく、誰だって子どもが生まれるかなんてわからないし、子どもがいなくても幸せになれると思う。でも、結婚する前から僕はパパになれないとわかっていても、本当に彼女は僕と結婚するって言ってくれるだろうか? いや多分、言ってくれるだろう。1年付き合ってきて、それはそうだと思う。ただ、僕は小さい時の病気の影響でパパになれないかもしれない……」
 
そう思った時には、精液検査を受けることが自分の中で固まっていました。今から4年前のことです。男性が妊娠の検査をするというのは今よりも少なかったと思います。
 
もちろん僕の友だちに経験者はいませんでした。みんながやっているならどれだけ気楽に受けられるだろう? 僕が検査を受けると知ったら友だちはなんと言うのだろう? やっぱりやめようかな? そう思いながらネットで情報を調べると意外にいろんなところでやっていることを知り、少し安心して受ける決意を固めました。そして、家から少し離れたところにある小さな泌尿器科系の病院に行くことに。
 
僕の名前が呼ばれ、診察室に入り聞かれます。
 
「今日は、どうされました?」
 
と聞かれ
 
「結婚しようと思うんですが、その前に精液検査をしたくて……」
 
「なぜ?」
 
「小さい時に病気をした影響で子どもが生まれないかもしれないと母に言われてて……」
 
「そうなんだ。なんの病気?」
 
「……になったとか聞いたような……」
 
「それは、多分ちがうと思うよ」
 
「あんまりそんな話をしてこなかったもので、正直なんだか……」
 
「いい機会だから今度話をしてみたら?」
というと先生は少し目をつぶって、ふぅと一息ついてからゆっくり話し始めました。 
 
「あのね、いろんな方を診てきたけど、結婚前に精液検査はおススメしない。結果が悪ければ結婚しないってこと?」
 
「うーん、それは……」
 
「だったら、やめておきな」
 
先生は仕事として考えたら、検査した方がいいのに検査しない方がいいと言うのです。その道の専門家が僕の人生を考えたうえでかけてくれる言葉。僕は「ありがとうございます」と小さく言ってお尻をイスから離しました。
 
いったん立って……
「何をしにここに来たんだ? 精液検査を受けるか相談しに来たのではなく“僕はパパになれますか”と聞きに来たんだろう」そう考えるのがあと数秒遅れていたらあきらめていたことでしょう。
 
もう一度座って、まっすぐ先生の目を見て
「いや、それでもしたいです。彼女にこの結果を伝えておきたいし、何よりずっと考えてこなかった自分の体についてしっかり知っておきたいんです!」
 
「……そう言うなら……」
 
と言って簡単な診察を終えると、カップを渡され「次の日曜の朝9時に1時間以内のものを持ってきて」と言われ家に帰りました。
 
言われた通りにして、結果を知らされる日がきました。その日はいつもと変わらない平日。ちがうのはオレンジの空が少しずつ暗い青へと変わっていくのがやけに目につくこと。そして家ではなく病院にむかって車を走らせていること。
 
別に手術をされるわけでもなければ、大きな病気を宣告されることもない。妙に心は落ち着いているのに頭の中で「おい、この結果でお前の人生、大幅に変わるかもしれないぞ」と、なんか嫌なことを言ってくる自分がいる。「そうだよな。そん時は彼女になんて説明しよう、嘘でもついて……」なんて、できもしないことを想像しながら、診察室のドアを開ける。
 
 
 
家に帰ってすぐに彼女にその結果を話すと
 
「よかったね」
 
彼女は笑顔で軽くそう言いました。
 
後日、母親にも電話でその話を伝えると「よかったね」と彼女と同じ言葉をゆっくり言いました。肩の荷が下りたように……僕にはなぜかそれが「結婚おめでとう」に聞こえたのです。
 
それから4年。これまで母に連絡することなんかほとんどなかったのに、近況を報告するようになりました。
 
愛する我が子の写真を添付し、
「心配してくれてありがとう。大切に育てます」という感謝の気持ちをこめて。
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院カフェSHIBUYA

〒150-0001 東京都渋谷区神宮前6丁目20番10号
MIYASHITA PARK South 3階 30000
TEL:03-6450-6261/FAX:03-6450-6262
営業時間:11:00〜21:00


■天狼院書店「湘南天狼院」

〒251-0035 神奈川県藤沢市片瀬海岸二丁目18-17
ENOTOKI 2F
TEL:04-6652-7387
営業時間:平日10:00~18:00(LO17:30)/土日祝10:00~19:00(LO18:30)


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「名古屋天狼院」

〒460-0002 愛知県名古屋市中区丸の内3-5-14先
 Hisaya-odori Park ZONE1
TEL:052-211-9791
営業時間:10:00〜20:00


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00



2024-07-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事