メディアグランプリ

島での遭難対策には、ピンク色のパーカーが必須


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記事:久田 一彰(ライティング実践教室)
 
 
嫌な感じがする。
 
黒板を爪で引っ掻いたような、アルミホイルを噛んだ時のような、背筋がゾワっとする感じ。せっかく船で離島に来て、非日常を楽しんでいた気分は、もうどっかへいってしまった。こんな時の悪い予感はだいたい当たる。
 
帰りの最終フェリーの時間は何時? 
 
1日に3本しか出ていないので、乗り遅れたら家に帰れないし、明日は朝から大事な仕事があるので、遅れることはできない。慌ててスマホを取り出して、時刻表を検索する。すると、島から本土行きの最終便は、15時30分。現時刻は16時00分。出発時間はとうに超えてしまっている。
 
今から走っても仕方ないが、とにかく港に戻ろう。
しかし、どうしてこうなった? よくよく来た時の状況を考えてみよう。
 
東京から九州に来て初めての地に降り立つので、気分を一新。
30歳を過ぎたおじさんで地味な服ばっかり着てるけど、旅の恥はかき捨てだ。
という訳でピンク色のパーカーをチョイス。
フェリーに乗っている気分は、ジャック・スパロウだ。青いブルーの海をバックに、白波のしぶきを全身に浴びると、マイナスイオンのシャワーで日々の疲れは浄化される。
港で船を降りてからは、自分の直感を頼りに島内を歩く。
スマホは使わずに、自由気ままに運転する感覚で。
 
そう、ここまではよかったのだ。帰りのフェリーの最終便を調べず、かつ時間を気にせず島の奥にまで来たのが運の尽きだ。
 
ようやく港に戻り着いたものの船はない。私の気持ちとは裏腹に、穏やかな港内の波と鳥がのんびりと飛んでいる。
 
「どうしよう、帰れなくなった。島に閉じ込められた。つまりは遭難した?」
 
何度も終電を逃して、漫画喫茶や飲み屋で夜を明かしたこと、タクシーや歩いて帰ったことはあるが、船を逃したのは生涯で初めてのことだ。さすがに泳いで帰るわけにはいかない。というか泳げる距離じゃない!
 
どこかに一晩過ごせるところはないか、島内の案内図を見る。すると何軒か民宿のような宿泊施設がある。わらにもすがる思いで、電話をしてみる。電話の呼び出し音は鳴るが、出る気配はない。次の宿へ電話する。
 
「はい、もしもし」
出てくれたのは、おばあちゃんの声。
 
「あ、すみません。本日1人、予約してないんですけど宿泊できますか?」
「あ〜、今の時期は民宿営業しとらんっちゃんね。すみませんね」すぐに切られてしまった。
 
なんということだ! 
ダメか。
ええい次だ、こちらには営業時代のテレアポでつちかった強靭な精神力がある。
次の宿へ電話だ。
 
「今はシーズン外で営業しとらんね〜」
「知らない人を泊めるのはね〜」
 
船を逃して帰れないから泊めて欲しいと説明したが、次々と断られてしまい、さすがに心が折れた。全ての宿へ電話をかけたがダメだった。打てる手は全て打った。
 
「なんでだよ! これがテレビの番組で芸能人が電話したらOKになって笑顔で迎えてくれるのに、どうして泊めてくれないんだ」
 
怒ってもしょうがない。
あきらめて港の待合室で一夜を過ごすことにする。
 
しばらくして、本土から島への最終船が到着して、人々はつぎつぎと家路へ向かう。ダメ元で船員さんへ船を出してくれないか頼んでみたが、今日の営業は終了とのことだ。本当に打つ手がなくなって、待合室にいると、島のおじさんがこちらへ歩いてくる。
 
「にいちゃん、帰れんくなったとね? このあたり蚊が出るけん、この蚊取り線香ば持っとき〜」
優しさはとても嬉しいが、こちとら、蚊取り線香より泊まるところか船が欲しいのだが……。
 
ありがとうございます、と蚊の鳴くような声でお礼を言った。まあ、ないよりはマシかと思いながら、どこかへ電話するおじさんの後ろ姿を見送った。心細くなりピンク色のフードをかぶって、しばらく海を眺めながら過ごしていると、先ほどのおじさんが再びこちらへ来る。ひょっとして泊めてくれるところでも見つかったのだろうか?
 
「にいちゃん、喜び〜。今から小倉へ帰る漁船が一艘あるってよ。もう少ししたら来るけん待っとき〜ね〜。ピンク色の服着と〜けん、怪しくなかろうってことになったよ。よかったな、あははは!」
 
地獄に仏! 
渡りに船! 
遭難対策にピンク色のパーカー!
 
ほどなくして漁船が到着し、おじさんが漁師さんと話して、手招きしてくれて漁船に乗せてくれた。
 
「あの、いろいろありがとうございます。本当にありがとうございます。よろしくお願いします」おじさんと漁船の漁師さんへも深々と頭を下げてお礼を言う。
 
「よかよか、ラッキーやったね。また来んしゃい」
 
おじさんに別れを告げて、漁船は小倉に向けて出航した。フェリーとは違い小型だがパワーがあるので、ジェットコースターの先頭に立っているかのように、波の高さに合わせて船が上下する。振り落とされないようにしっかりと漁船の柱をつかむ。
 
もう陸が見えた。本当に帰ってこれたんだ。漁船はゆっくりと接岸し、小倉の地を踏むことができた。地に足がつくってこんな感じなんだな。急いで財布を取り出しお金を払う。相場はよく分からないが、入っていた5千円札を漁師の方へ渡す。
 
「いやいや、こんなにもらえんよ」
「いえいえ、私の気持ちですので、ほんと受け取ってください」
「そうかい、じゃもらっとくね」
 
そして、漁船は停泊所に向かって出航していく。漁師さんの後ろ姿がたくましかった。今度は帰りの時間を間違えないようにしなくてはな。島にいるおじさんと漁師さんの背中にそう誓った。
 
 
 
 
***
 
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2024-07-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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