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母を想う


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記事:妹尾有里(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
物心ついた時から、私は母が苦手だった。母が怖くて、甘えることができなかった。
母が特別厳格だったのかというと、別にそれほどではない。意地悪だったのかというと、そんなことはない(歯に衣着せぬ物言いが、グサッとくることは多々あったが)。「やさしい母」という印象はないが、いわゆる「良妻賢母」という形容がぴったりくるような母だった。
 
小学校に入学する直前のあるできごとが、今も鮮明に記憶に残っている。
それまで大阪で暮らしていたわが家は、奈良に引っ越した。お向かいの家に私と同い年の子がいるとわかって、遊びに行った。お向かいの家ではちょうど、私と同い年のミサキちゃんと弟のノブくんが、お母さんと一緒にお絵描きをして遊んでいるところだった。お母さんが子どもたちと一緒に遊んでいるという、その光景が私の目にはまず珍しく映った。母を「遊び相手」と思ったことはなかったからだ。3人はとても仲よく楽し気に過ごしており、ミサキちゃんは「もう、おかあさん、アホやなぁ」なんて気安く言っている。そのことが、何かとても羨ましく思えたのだろう。家に帰った私は、母に向かって「アホ」と言った。母は「親に向かって『アホ』とは何だ!」とひどく憤慨し、叱られた。「あぁ、やっぱり、うちのママはミサキちゃんのお母さんとは違うんだなぁ」と思った。
 
私はちょっと大人びた子どもで、母にとっては「何だか可愛げのない子」だったのだと思う。3つ上の兄は子どもらしいやんちゃな子で、母は手のやける男の子の子育てに奮闘していた。兄が母を困らせるので、自分は困らせちゃいけないとものすごく気を遣っていた。母を困らせたり悲しませたりしないように、常に母の顔色を窺って「いい子」でいた。にもかかわらず、母の愛情は兄に一心に注がれているように感じられた。
母は「女の子は愛嬌」と思っていて、生真面目な優等生タイプの私のことは気に入らないようだと、子ども心に何となく感じていた。「女の子のくせに理屈っぽい」とか「一人で大きくなったような顔して」とよく言われた。「私は子どもの頃、もっと可愛かった。あなたは可愛くなくて可哀そう」と言われたこともある。母の言う「可愛い」は器量のことではなく、「可愛げ」のことだったのだと思う。
 
母は子ども言うことをきかない人だった。
例えば、お弁当。私はおかずの汁がご飯に沁みているのがとても嫌だった。だから「ご飯におかずの汁が沁みないようにして」と頼んだが、「沁みてるのが、おいしいんじゃない」と言って一切取り合ってくれなかった。私は母の作ってくれるお弁当がとても苦手で、残すことが多かった。もしかしたら、母への反抗心が、お弁当を食べられなくさせていたのかもしれない。
今になって思えば、せっかく作ってくれたお弁当に難癖つけるなんて、とんだ親不孝者だ。作ってもらえただけでもありがたいことなのに。息子たちが持って帰ってくる空になったお弁当箱を洗いながら、幾度となく反省した。
 
私が母のことを苦手だと思っていたのを、母は知っていただろうか? うっすらと気づいていたか、もしくは、まったく気づいていなかったか。すでに他界しているので、もはや本人には確かめようがない。
しかし、実を言えば、母への苦手意識はいつのまにかすっかりなくなっていたのだ。母は晩年、施設に入っていたのだが、私が会いに行くと、とても喜んでくれた。母の喜ぶ顔を見たくて、時間の許す限り会いに行っていた。
母にわかってもらえなくて悲しかったことや、もっと可愛がってほしかったと感じていたこと以上に、今は母のよいところがたくさん浮かんでくる。明るく社交的で友だち思いだったことや、家の中をいつもきれいに整えてくれていたこと、そして、私の決めたことをいつも尊重してくれたこと。
私は受験や就職のことを母には一切相談せずに、全部自分一人で決めていた。そのことに対して、否定されたり非難されたことは一度もない。私のことを信じてくれていたんだと思う。もしかしたら、「信じる」ことで愛情を伝えてくれていたのかな。母からのたくさんの愛を、今は心から信じられる。
 
母のことが苦手だったから、母を反面教師にして子育てしてきたつもりだった。
息子たちの言うことにはできる限り耳を傾けようと思ってきたし、自分の価値観を押し付けることだけはすまいと思ってきた。息子たちそれぞれに「そのままのあなたが大好きだよ」と、実際に言葉にすることはなくても、常に非言語で伝えてきたつもりだ。
だけど、息子たちにちゃんと伝わっているかはわからない。もしかしたら、息子たちも案外、「お母さんは、俺のことをちっともわかってくれないんだよな」なんて思っているかも。
それでも、母と同じように、私も息子たちを全力で信じて応援していこう。
 
「それでいいんだよ」と母が笑顔で応援してくれているような気がする。
 
 
 
 
***
 
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2024-07-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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