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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:栗原知美(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 
「今のままだと、あなたにお願いする仕事はないです」
 
育児休暇が明けてから半年経った頃、上司からリストラ勧告された。
 
コンサルタントとして働いて5年ほど経っていた。夫が単身赴任で海外にいたので、仕事はほとんどリモートで勤務することでやりくりしていた。しかし、今まで関わってきたプロジェクトが唐突に中止となり、進行中のプロジェクトからあぶれて社内ニートになってしまった。いわゆる「窓際族」だ。
 
コンサルタントの仕事は、クライアントへの出張や定時後の仕事も多い。
小さい子供がいるわたしは、同じスキルを持った同僚と比べると、様々な面で使い勝手が悪いのだろう。新しい仕事が決まらないまま2週間が過ぎた頃、上司から呼ばれて毎日出社をし、新規分野を学んでここに残るか、コンサルタントをやめて他部署へ異動するか、決断を迫られたのだった。
 
「残って仕事を続けたいです」と言って、次の日から出社を決めた。しかし、次の日の朝になって急に不安になり、涙が止まらなくなって、仕事を休んだ。その頃のわたしは、周りに助けを求めることもできず、2歳児の育児、家事と仕事でクタクタになっていた。新しいことを一から学ぶ体力も気力も持ち合わせていなかった。夜泣きで寝不足のなか、子供を保育園に送り、保育時間内に慣れている仕事を着実に終わらせるだけでも、一苦労だった。
 
結局、仕事は辞めることになった。
 
これを機に、高い家賃を払って借りていた職場近くのマンションを出て、北関東にある実家の近くに引っ越した。仕事がなくなり、保育園の人間関係がなくなり、頭の中が急に静かになった。朝ゆっくり起きて、子供を幼稚園に送っていけば、その後は夕方まで一人の時間。読書をしたり、映画を見たりして過ごした。金曜日は、母の手料理を食べに実家に寄る。こんな穏やかな時間を過ごすうちに、少しずつ心の元気を取り戻していった。
 
退職する際に、心に決めたことがあった。
それは「生殺与奪の権を会社に握らせない人材」になることだ。夫が単身赴任になっても、上司が変わっても、プロジェクトが中止になっても、子供がもう一人生まれても、平然と職場で自分の立場を守れる存在になりたい。組織の中で「自立」することが必要だと強く感じていた。そのためには、他の人に代替されない人材になる必要がある。
 
代替されないスキル・経験はなんだろう、と必死に考えた。わたしは語学に強みがあったので、英語と新しいスキルを掛け合わせることで、自分に付加価値を付けようと考えた。
 
夫が単身赴任している子持ち女性を雇ってもらうには、資格がわかりやすいと思った。大風呂敷を広げて、「税理士」を目指すことにした。
税理士を選んだ理由は、税理士にしかできない独占業務があること、実家の家業を経理の面からサポートしてあげたいという気持ちがあったからだ。また、国家資格のため、資格学校のカリキュラムも充実している。子供がいるので、通信教育により自分のペースで勉強を進められる点もポイントが高かった。
 
資格学校へ出向き、その場で50万円弱の学費を一括で払い込んだ。
これで、もう後戻りはできない。
 
それからは、勉強中心の生活になった。週に2回、3時間の講義がある。毎回テストがあるので、復習がかかせない。わたしは今まで会計の勉強をしてこなかったので、宿題の問題集を6周してやっと解けるようになるといった具合だった。読書や映画の時間を捧げるだけでは復習が追いつかなかったので、朝4時に起きるようになった。
 
勉強を始めた当初は、難しい資格取得を目指して勉強することは、無職であることを世間から許してもらう免罪符のようなものだと考えていた。勉強はあくまで資格を得るためのプロセスであって、知識の習得以外に求めるものはないと思っていた。
 
しかし、わたしは勉強という行為自体に「癒し」を感じるようになった。
自分の記憶力に嫌気がさすこともあったけど、予想と反して勉強は、日々の生活に彩りを与えてくれる、自分にとってかけがえのないものになっていった。
 
わたしを「単なる受験生」として接してくれるSNSの勉強仲間や資格学校の先生とオンラインでやり取りをするうちに、母親でない新しい自分(ペルソナ)を手に入れることができた。子供が生まれてから、家庭でも職場でも公民館でも、いつもわたしは「お母さん」だった。そのことを誇りに思うけれど、それだけじゃないぞと反論したい気持ちも一緒に抱えていた。
 
税理士試験は年に一度の試験で10%に入れば必ず合格できる。その1日に照準を合わせて、受験生が切磋琢磨する完全実力主義の世界だ。ここには、マミー・トラックなんて存在しない。自分のバックグラウンドは関係ない。わたしは、完全な個人として挑戦できることに心から喜びを感じていた。
 
資格学校の扉を開いてから4年後の夏、わたしは税理士試験を無事完了し、新しい会社でキャリアを再スタートすることができた。4年のブランクがあったけど、年収は以前より良くなった。リモート勤務も許されている。
 
ふいに、退社を決意した日を思い出すことがある。
あのときは悔しい思いでいっぱいだったけれど、その気持ちのおかげで「自分にとってのキャリア」と真剣に向き合うことができたと思う。あのタイミングで無理をして会社にしがみついていたら、新しい扉が開かれることはなかった。
 
人間生きていれば、様々なライフ・イベントに出会う。
良いこともあれば、悪いこともあるだろう。「終わった」と絶望を感じた瞬間が、のちに大きな希望の種となることだってある。ピンチをチャンスに変えられるということを実感できた経験だ。
 
 
 
 
***
 
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2024-07-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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