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老害ってなんなんだ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:前田三佳(ライティング実践教室)

 
 
「先生、ちょっといいですか?」
ほらまた始まった。あのジサマの蘊蓄(うんちく)攻撃が。
「はあ……。」
気の毒に、講師の女性は華奢な肩をさらに縮めてジサマに向き直った。
もううんざりだ。
やれやれ……。
誰も何も言わないが、あちらにも、こちらにも、ため息が教室中に充満している気がした。
 
私はこの春からある大学の生涯学習講座を受講している。
テーマは「源氏物語を読む+紫式部の生涯をたどる」。
今年のNHK大河ドラマ「光る君へ」にすっかりハマった私は、高校時代古典を学んだはずなのに何一つ覚えていないことを激しく後悔した。
当時古典の文法がわかりづらく高1の1学期からくじけたからだ。
情けないことに、退屈な授業に居眠りと欠伸を繰り返していた記憶しか無い。
だがこうしてドラマをとおして源氏物語に触れてみたらなんとまあ面白いこと。
愛と欲望とエロスが渦巻く壮大なラブストーリーではないか。
今さらだけど源氏物語を学びたい。
そう強く思って、申し込んだ講座なのである。
 
講師は大学で教鞭をとる50代くらいの控えめな女性だ。
クラスは20人ほどで、講師を取り囲むようにコの字型に机をならべて受講する。
その中で常に講師の先生の真横に席をとる70代くらいの男性がいた。
熱心なのだろう。
だが、この男性がいちいち些細な先生の間違いを指摘するのだ。
「先生、ちょっといいですか?」
物語に出てくる地名が今のどこにあたるかとか何とか、まあうるさい。
先生とて万全に準備してもちょっとした間違いもあろうに、まるで鬼の首をとったように間違いを指摘したり補足する。
「あ、すみません。そちらが正しいですね」
先生はすっかり恐縮して声も小さくなる。
くだんのジサマは満足したのか鼻の穴をふくらまし、それきり腕組み姿で目を瞑っている。
失礼ではないか!
講義を中断しただけでなく、彼は教室の空気を一気に澱ませた。
「先生、光源氏が今の世に生きていたならモテると思いますか?」なんてくだけた質問もしたかったが、あのジサマに鼻で笑われそうでとてもできる雰囲気ではなかった。
 
頭の中の私が吠える。
「あなたねえ、自分の蘊蓄を語りに来てるの? それにその偉そうな態度は何?
楽しく授業を聞きたかったのに感じ悪いったらありゃしない!」
「オレは正しい事を言ったまでだ」
ジサマは頑として己を曲げない。
「貴方みたいな人を老害って言うのね」
「なんだと!」
ジサマが私の胸ぐらをつかむ。まあまあと周りの人が止めに入る。
てな事を考えてたら、貴重な講義を聞き逃しちゃったじゃないの。
ああそれにしてもムカつく。
きっと家でも威張り散らしているんだろうな、あのひと。
家族は大変だわ。
しかし待てよ。そういう私もすでに60代後半。
どこで「あの人老害よね」と言われているかわからないわけだ。
そう思うと背中がすっと寒くなった。
 
「老害」。
考えてみれば嫌な言葉だ。
老いていること=悪のようなニュアンスを感じてしまい心がささくれ立つ。
しかし立教大学名誉教授で英語教育学者の鳥飼玖美子さんはこう述べる。
「高齢だから「老害」なのではない。学ぶことを忘れ、弱者に思いを寄せる謙虚さを失い、他者の尊厳を平気で踏みにじるようになったら、社会の害になる。年齢は関係ないことを肝に銘じたい。」(鳥飼玖美子『異文化コミュニケーション学』岩波書店、P137)
まさに溜飲を下げるようなお言葉、鳥飼先生さすがです。
あのジサマは「弱者」=おとなしい先生や黙って耐えている他の人たちに思いを寄せる謙虚さを失い、「他者」=先生の尊厳を平気で踏みにじったのだからやはり「老害」といえるのではないだろうか。
 
また聞いてもいないのに自分の輝かしかった過去をすぐに語りたがるのも「老害」だ。
若い頃いかにモテたか、ハリウッドスターの某と仕事した、社長から直々にお高い時計をもらったなどなど、かつて日本が景気が良かった頃の話をとうとうと自慢されても、若い人たちは鼻白むばかりだ。
誰も喜んで聞いていないことは相手の態度でわかるはずだが、すっかり自分の世界に酔い話が止まらない御仁もいる。
私は自慢できるような輝かしい栄光なんぞ皆無だが、ああはなるまいと肝に銘じる。
 
しかしかつては高度成長期の日本を背負ってがむしゃらに働いてきた人たちが高齢となって「老害」呼ばわりされるのは何だか哀しい。
矛盾してしまうが、多少の自慢話、多少の親父ギャグ、多少の上から目線なら許してあげてはどうか。
話の中から学べる点もあるかもしれない。
またコンビニの支払いや食券の券売機の前でもたついたとしても、それは老害ではない。
誰もが脳の機能が衰え指先の細かい作業もしづらくなるのだ。
いつか自分も高齢者となり、「害」呼ばわりされる未来を想像してみよう。
不寛容過ぎて哀しくなるだろう。
赤ちゃんが泣くのを怒っても仕方ないように、老人のもたつきや些細な過ちは受け止める世界であってほしい。
だって誰もがおぎゃーと生まれ年老いて朽ち果てるまで、人に迷惑をかけずに生きるなんてできないのだから。
 
「ひと様に迷惑かけないように」「ひと様から後ろ指さされないように」と親にさんざん言われ育ったが、迷惑かけてかけられて後ろ指さされるくらい弾けたっていいじゃんと近頃思うプレ老害です。
 
 
 
 
***
 
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2024-07-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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