落とし物を拾うことは、宝物を拾うことだ
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記事:かたせひとみ(ライティング・ゼミ6月コース)
私は良く落とし物を拾う。
その話を知人にしたところ、思いがけない反応が返ってきた。
「えー! 拾うんだ! 私、絶対拾わない。なんかあったらイヤだもん」
更に彼女の言葉は続く。
「交番に届けるのって、面倒くさくない? すぐ近くにあるわけじゃないし、書類を書かされて時間もかかるしさー」
確かに多少なりとも自分の時間を削ることになる。
「それに、拾って届けても、相手は変な人かもしれないよ。
『財布の中の金が減っている』なんて難癖つける人もいるって聞くし。
余計なトラブルに巻き込まれたくないから、悪いけど私は素通りだなー。リスクは避けたいもん」
私は驚いて、彼女に反論した。
「でも落とした人は困っているんじゃない? 逆の立場だったら拾って欲しいって思うけど」
しかし、話はどこまで行っても平行線だった。
私は落とし主の視点に立ち、彼女は自分の視点に立っているのだから無理もない。
今まで落とし物を拾うことがリスクになるなんて、考えたこともなかった。
困っている人がいたら助けたいと思うのが、人情なのではないだろうか。
知人の考え方が独特で、大多数の人は拾って届けるものだと思っていた。
しかし、実際には逆だった。
数日後、私はその現実を突きつけられることになる。
会社へ出勤する途中のことだった。
道にとんでもない物が落ちているのに気づいた。
今までいろんな落とし物を見てきたが、これは初めてだった。
私は目を疑った。
ここに落ちていることが信じられない。
まさか。どうして? なぜここに?
それは、「人」だった。
正確には「道に人が倒れている」と言った方が適切なのかもしれない。
しかし、その人は、まるで「物」だった。
通り過ぎていく人達が「物」として扱っていたからだ。
雑誌やハンカチが道に落ちているかのように、チラッと一瞥するだけで無視して通り過ぎて行く人、人、人。
人が落ちているのも信じられなかったが、無関心で通り過ぎていく人達の方がもっと信じられなかった。
倒れていたのは、60代くらいの男性で、額から血が出ていた。
ピクリとも動かず、酔っ払いとは明らかに様子が違う。
それなのに、周りの人達は、立ち止まりもせず素通りして行くばかりだった。
知人が話していた「トラブルに巻き込まれたくない」「リスクは避けたい」「自分の時間は使いたくない」という言葉を思い出す。
これが今の世の中なのか。
現代社会の闇を見たような気がして、この冷え冷えとした光景に寒気がした。
中には、どうしても外せない用事で先を急いでいる人もいるだろう。
それでもこれだけ多くの人がいるのだ。
一人くらいは声をかける人がいても良さそうなのに、誰一人として声をかけない。
知人が言うように、世の中には変な人だっているだろう。
この倒れている人だってどんな人かはわからないし、声をかけたら因縁をつけてくるかもしれない。
それでも、この状況で素通り出来る感覚が理解できない。
実際に起こるかどうかもわからない限りなく低いリスクを避けるために、人間らしさを捨てている。
自分を守ろうとしてむしろ大事なものを失っている。
徹底して自分を守り、他人に無関心を貫く人達の姿に、失望せずにはいられなかった。。
私は気を取り直し、とにかくこの人を助けなければと思った。
万が一、この人に絡まれたら「ニホンゴワカリマセン」と誤魔化すか、逃げればいい話だ。
私は緊張しながら彼に声をかけてみた。
「もしもーし、大丈夫ですかー?」
返事がない。
しゃがみこんで男性の肩をトントン叩く。
「もしもしー、聞こえますかー?」
反応がない。まさか死んでいる?
絡まれるかどうかなんて気にしている場合じゃない。
反応して! という思いで、男性の耳元に顔を近づけ、大声で呼びかけてみる。
「ん……」反応があった! とりあえず生きている!
とにかく救急車を呼ぼう。
カバンからスマホを取り出そうとしたときだった。
背後から「どうかしましたか?」と声をかけられた。
50代くらいの男性だった。
少し置いて「大丈夫ですか?」という声がした。
40代くらいの女性で、聞けば、遠くから人が倒れているのに気づいて走って来たそうだ。
私が彼らに事情を説明すると、「じゃあ、私、救急車呼びます」「交番に行っておまわりさん呼んできます」と、てきぱきと連携プレーが始まった。
「私も」「私も」と手伝ってくれる人の存在が心底ありがたかった。
社会の冷たさを突きつけられた直後だっただけに、ここに人の優しさが存在することが嬉しかった。
世の中、冷たく通り過ぎる人ばかりじゃない。
こうして足を止め、困っている人を助けようとする人達がいる。
ほんの数分前まで世間に失望しかけ、冷え冷えとしていた心が、一気に温かくなった。
しばらくして救急車が到着し、男性は無事救護された。
落とし物を拾いながら、私達は目に見えないナニカも一緒に拾っている。
時に宝物を拾うことだってある。
あの日、一旦失いかけた人間への信頼を取り戻すことが出来たのは、道に落ちていた「あの人」を拾ったおかげだ。
落としそうになった「人を信じる気持ち」を、再び自分の手で拾うことが出来た。
世の中の暖かさを知り、困っている人を助けたいという人々の優しさも拾った。
もし周りに流され、「あの人」を見捨てていたら、私は何ひとつ拾えず、むしろ人間らしさを道に落としてしまったはずだ。
これから先、また落とし物に出会うこともあるだろう。
そのときは迷わず、走って行ってでも拾おう。
私にとって大事なナニカも一緒に拾えるから。
***
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