バーチャルを飛び出してきたあの人に会いに行く
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:パナ子(ライティング実践教室)
スマホに流れてきたある一つの投稿を見て(おっ!)と指が止まった。
画面越しにずっと見つめてきたあのお方が、私が住む福岡に初上陸するという。
ここ4年程、途中ブランクはあったものの「天狼院書店」という怪しい名前の本屋さんで、ライティングゼミという講座を受け続けてきた。ライティングゼミとは「最後まで読んでもらえる文章」を目指し、構成や表現方法について学ぶものだ。怪しい名前に反して講義内容はとても面白く、私は書く楽しさを教わった。
そこで出会ったのが講師のHさんだった。
Hさんはまだ二十代という若さながらバリバリ活躍されているエースだ。本屋の社長が行う講義のアシスタントをしつつ、時に自ら講師として登壇し、担当している受講生たちから飛んでくる数多の質問や相談を丁寧に対応しつつ、受講生たちが出した課題の添削をする。
いつ見ても多忙であることは明白なのに、その様子が乱れたのを見たことがない。熱い志を持ちながら行動はクールに、ようするにデキる男なのだ。
これまでいろんな種類のゼミを受講するたび、私もHさんに質問したり相談したりしてきた。デキる男は返信も早く、的確な返しを見るたび信頼度はアップした。
そのHさんに、初の福岡出張が決まったらしい。
普段、大都会東京で活躍しているHさんは、「美味いもん食べるぞー」と初めての福岡を楽しみにしている様子である。私はHさんの投稿に「楽しんでください」などと返信した。この時まではまだ少々他人事だったのである。
一目会いたい気もしたが、時は既に夏休み。8才と5才の息子たちが常にセットで身軽には動けない。この猛暑の中、電車と歩きで会いに行くのは少々難儀な気もした。
(来るんだ~)というぼんやりしていた意識をハッとさせたのは、出張当日の投稿を見た時だった。福岡行きの飛行機に乗る為、Hさんは羽田空港にいた。
ほとんどの講義が東京で行われていることもあり、私はその全てを通信という形で受講してきた。しかも育児で時間の都合がつかない事が多く、録画したものを後から一人で聴くというアーカイブ方式を採用してきた。
だから、この4年、Hさんの事は一方的に画面を通して見てきた。実際にいる人物でありながら、あまりに画面越しに見過ぎたおかげで、若干私の中でバーチャル化しつつあった。
しかし、だ。
いま生身の人間であるHさんが福岡の地を踏む為に、確実にこっちに向かってきている。そうなると私の中で入道雲のようにモクモクと大きく広がる一つの思いがあった。
これまで散々お世話になってきたHさんがせっかく近くまで来るというのに、会いに行かなくていいのか!? 直接お会いしてお礼を伝えなくていいのか!? 次の福岡出張はいつになるかわからないぞ!? このチャンスを逃していいのか!?
脳内の自分に畳み掛けられて、生身のHさんをこの目で拝むことに決めた。
そうと決まれば、のんきに部屋で涼んでいる場合ではない。私は早速、兄弟たちにこう宣言した。
「今から出かけるよ! お母さんがお世話になってる先生に会いに行く」
「え? え? 今から? どこに?」
詳細が把握できてないままの兄弟を引き連れて私は手土産を買い、電車に乗り込んだ。
蝉もくたばるほどの暑さの中を歩いている時はまだよかった。とにかく目的地に到着するのに必死で何も考えていなかった。
書店に到着し、程よくエアコンが効く中で注文したレモンソーダを飲み始めた途端、やけに冷静さを取り戻した自分がいた。
挨拶に来るなんて伝えてないのに、急に来て迷惑にはならないだろうか?
そもそも私の事わかるんだろうか? これまでのやりとりはほとんどがメールで、顔出しでリアルタイムの受講ができたのはたった数回しかない。ハッキリと顔を認識されてない可能性すらあるのだ。
震え上がりそうになりながらつい思いを吐露する。
「お母さん、なんか緊張してきたわ」
「俺も」
8才がまさかの返しをしてきたので思わず吹き出す。いや君が緊張する意味がわからない。
半分うわの空で店内の本を見て周っていたその時、ついに書店の扉が開かれた!
画面で見ていたままの爽やかさを携えてHさんが店内に入ってくる。猛暑の中キャリーバッグを引いてきたというのにくたびれた様子もない。
わわわ! 本物だ!! 私がずっと見てきたあのHさんだ!!
なぜか本棚に身を隠す兄弟たち。ちょっとあんたたち、何やってんの! 出てきてよぉ!! お母さんを一人にしないでよ!
すると入口付近で優しいスタッフさんが何か伝えてくれている。きっと「パナ子さん来てますよ」とでも言ってくれたのだろう。
えっ? というHさんの視線と私の視線が書店の真ん中あたりでバチっと合ってしまった! ワァーーーーーー!!!
もう逃げも隠れもできない。
私はおずおずと前に出て行って挨拶をした。
「あの……いつもお世話になってます……パナ子です……」
するとHさんは微かに(あぁ!)という表情でこう返してくれた。
「お会いできて嬉しいです! こちらこそいつもありがとうございます!」
Hさん、本当にいた! 生身の人間として、いた!!
いやもちろん、私がお会いしたことがないだけでずっといたわけだが、バーチャルの空間から飛び出してきたHさんに感動すら覚えた。
買ってきたお菓子も渡し終わってホッとしていると、これから自身が行う講義の準備をしながらHさんが話し掛けてくれた。
「あの『万年激務男』っていうワード、面白いですよねぇ。つい笑っちゃいます」
これは私が多忙な夫を表現するのに文中で使ったワードなのだが、Hさんにそう言ってもらえてとても嬉しかった。直接会って雑談したからこそもらえたご褒美だったかもしれない。
多忙の合間を縫ってやってきたHさんには、もう講義開始の時間が迫り始めていた。そろそろお暇せねばばらない。私は「もう帰りますね」と言いながらどさくさにまぎれて握手を求めた。(重めのファンかよ!)と自分にツッコミつつ、私の手をHさんが握り返してきた時、確信めいたようなものが体を巡った。
ネットの世界でしか知らなかったHさんの手の温もりが私に伝わり、ご縁と言っていいのかわからないフワフワしたものが、ギュッとプレスされた感じがした。あぁやはり会いに来てよかった。これは直接会う事でしか得られない人と人との繋がりだ。何度も何度もお礼を言い、爽やかな余韻を残しつつ書店を後にした。
いつの間にかソーシャルディスタンスという概念が当たり前になり、直接会わなくても物事がサクサク進めることができる世界が出来上がった。画面上でやりとりすれば時間の短縮にもなるし、なにより楽だ。しかし、もしかしたら、その楽さが心の乾燥に繋がっているということはないだろうか。
私は今日そのディスタンスを破り、勇気を持って会いに行った。
そこに待っていたのは予想を遥かに上回る感動だった。これから先も、画面の中でしか会った事のない気になるあの人やあの人に実際に会いにいこう。世界は自分の足で濃密に広げていくのだ。
***
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