メディアグランプリ

永遠の夏に眠る蝉


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:渡邊真由子(ライティング・ゼミ4月コース)
※この記事はフィクションです。
 
 
この世に永遠などない。
いつまでも続くと錯覚するこの夏だって駆け足で過ぎてゆくのを俺は知っている。俺が輝けるのはいまこの瞬間、この夏しかない。
 
どうしてかって? 俺はこの界隈を取り仕切る蝉の王様なのさ。この夏は俺にとって地上で生きる最初で最後の夏になる。
生まれ落ちた瞬間から死へ向かうという矛盾を必死に生き、俺の群れを守り切る。それが生涯かけて俺がやり遂げること。
そう決めて俺は生まれてきたが……。
 
あの日、あの公園で、俺はいちばん大きな樹に止まった。そう、あの桜の大木。蝉の王である俺にふさわしい樹だ。
 
仲間は沢山いるけれど、ときにはひとりになる時間も大切なのだ。
誰にもわからないだろうな。これだけの蝉たちを束ねる俺の孤独なんて。
俺に好意的なヤツもいるが嫌うヤツもいる。あいつらのために俺がどれだけ心を砕いてきたか誰も知らない。トップに立てるのはひとりだけだから、俺の苦悩なんて誰も理解できるわけがない。
 
王であることは意外と孤独が付きまとう。「人の高みにのぼった者は孤独の罰を受ける」と人間界でよく聞くソレだ。
群れの全権と全責任は俺の手中にある。ひとたび判断を誤れば全滅しかねない。どれほどの重圧が俺にのし掛かっているか想像してみるといい。
テッペンに立ったヤツにしか見えない景色があるように、テッペンに立ったヤツにしか味わえない世界が『孤独』なのだ。でもそれが俺の使命だとしたら受け入れるしかない。
 
話を戻そう。
あの日、大きな音で鳴くのに少し疲れた俺は、木陰でひと休みしたくなったところだった。
やれやれといった風情で束の間の休息を取った俺はふと気を緩めた。その瞬間だった。
「やったー!」
という子どもの声が聞こえたそのとき、俺は虫網の中にいた。俺はいとも簡単に捕獲されてしまったのだ。王だというのに情けない。
 
プラスチックの籠に放り込まれた俺は脱出を試みた。出口に向かって何度も激しく体当たりした。
俺は俺の命が惜しいわけじゃない。自由に外を飛び回りたい気持ちも少なからずあるのは認めるが、何よりも俺がいないと群れのみんなが路頭に迷う。こんなところで命を使い果たすわけにはいかないんだ。わかってくれ!
 
俺を閉じ込めた籠は想像以上に強靭だった。びくともしない。全力でぶつかっては籠の底に叩き落された。
俺は体力に自信がある。しかし、これまで戦ったことのない『籠』という相手に立ち向かうにはあまりにも非力だった。自慢の翅(はね)も打撃を受けた。
全身を打ち付け続け痛む体に限界を感じた俺は降参した。これが俺の運命なら潔く受け入れてやろうじゃないか、と。
 
それからの数日間は数千年に感じられるほど長かった。
何もすることがない。俺に許されたのは小さな籠の中で過ごすことだけ。
 
俺を捕獲したあの子は暇を持て余しているのか、ひっきりなしに俺を見に来る。
その度に「元気ないのかな」「家の中で放してあげたらダメかな」などと言っているのが聞こえる。案外悪いヤツではなさそうだ。
 
まだ元気はある。飛び回りたい欲望もある。
でも、キミは知らないのか? 俺の命は7日間しかないということを。だから、ここで過ごせる時間はほんの僅かなのだ。
 
「虫の知らせ」という言葉を知っているかい。
俺は昆虫だからその言葉通り得体の知れない何かを察知する能力がある。第三者のことだけではなく俺自身についてもわかるし、その直感めいたもので群れをここまで率いてきた。
その「知らせ」が届いているのだ。「『そのとき』が近づいている」と。
 
何度も言うが俺はこの界隈の蝉の王だ。王として生き抜くということは、王として死に切るということだ。
生まれたときに掲げた「群れを守り切る」という約束は果たせそうにないが、せめて命の限り生き抜いてやろう。この狭い籠の中で。
覚悟を新たにした俺はさすがだ。
俺は精一杯鳴き、精一杯蝉の王らしく生きることに専念した。
 
「元気になってきたみたい! 心配したんだよ、よかったぁ!」
 
あの子の声が聞こえた。
心配してくれたのか。キミとは良い友達になれるかもしれないな。
 
『そのとき』は突然やってきた。
体の動きが鈍くなりアタマもぼんやりする。あれだけ飛び回ることが好きだったのに動くことそのものが億劫で、腹を見せひっくり返った態勢が今は一番ラクだ。
 
土の中で10年。地上に出て7日が過ぎる。薄れる意識の中で生まれてからの記憶が走馬灯のように駆け巡った。
樹に止まって鳴く楽しさ。空を飛び回る爽快感。命懸けの戦い。囚われの身の今。どれも俺にとっては最高の想い出だ。
 
「どうしよう! 死んじゃったのかな」
 
俺の体を触ろうとしてきたあの子に、俺は残された力を振り絞って翅(はね)を羽ばたかせ最後の威厳を見せつけた。
 
「うわっ!」
 
暴れて抵抗したように見えたのだろう。それも束の間。俺は再び腹を見せる姿勢を静かに取った。
 
キミと過ごした数日間は実に退屈だった。退屈だったが、願わくはキミの心に何かを刻み付けて欲しい。
短く激しく気高く命を全うする。これが俺の生き様であり死に様だ。キミの想い出と、俺の群れのために俺はいま死ぬ。
 
俺の足は力なく閉じ始めた。
疾風の如く生き抜いたこの生涯に一切の後悔はない。
 
もしこの世に永遠があったとしたら俺はうんざりするだろうよ。終わりがあるから始まりがあるというのに、終わることさえできずこの状態がずっと続くなんて地獄の苦しみ以外の何ものでもない。
 
俺への餞(はなむけ)なのだろうか。窓の外から悲鳴にも似た仲間の鳴き声が漏れ聞こえてくる。
 
土の中から出て初めて見た木々の美しい緑も、道路の白線に反射する眩しい日差しも、道端に咲く花の匂いも、熱い風も、仲間の姿も、夏という季節、そしてキミの顔も、すべては遠いようですべてはあっという間だった。
 
日が翳(かげ)り始めた。
遥か遠くに聞こえる仲間の声に抱かれて俺は眠る。永遠に。
乾いた俺の骸(むくろ)はそこにぽつんと佇むだけだった。
 
 
 
 
***

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2024-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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