メディアグランプリ

あの日のサツキは私だった~時を経て物語は何度でも輝く~


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パナ子(ライティング実践教室)

 
 

「お母さんのおすすめの映画あるんだけど、一緒に観ない?」
夏休みへのカウントダウンが始まった頃、私は8才の長男と5才の次男を連れてTSUTAYAにDVDを借りに行った。
 

「このへんないきものは まだ日本にいるのです。たぶん。」というキャッチコピーで当時、子供たちを優しく不思議な世界へと誘ってくれたのは『となりのトトロ』だった。

作品が公開された36年前、私はまだ8才で登場人物の姉妹のちょうど真ん中くらいの年齢だった。しっかり者でハツラツとしたお姉ちゃんのサツキ12才と、まだ幼く自由奔放、時に頑固な面も見せるメイ4才。子供にしか見えないと噂のトトロに出逢い、二人の生活には明るく力強いエネルギーがもたらされた。
 

大きな体ですべてを受け止めてくれそうなトトロや、困った時に現れフワフワの包み込むような車体で目的地まで激走してくれるネコバスに、子供だった私はワクワクが止まらず、その物語に心を丸ごと持っていかれ大ファンになった。
それから何度も何度も事あるごとに、私は画面の中のトトロに会いに行った。
 

一見淡々と見えるが子供思いのお父さんや、ご近所さんとの温かいやりとりも相まって気持ちをほっこりしたい時に観るには、あまりにピッタリの物語だった。
 

物語が全く違って見え出したのは20代も後半に差し掛かった頃だった。
24才の時、母が病に倒れた。そして三年間の闘病の末、母は天国へと旅立った。
 

最も胸が苦しかったのは医師が教えてくれた余命のゴールが確実に近づいてきている時だった。亡くなる少し前、だんだん力が尽きている様子の母が、それでも儚げな笑顔を見せてバイバイをする。母が頑張って笑っているのに泣くわけにいかず、私も最大限のスマイルで母と別れた。病院のエレベーターが1階に到着する頃には、ピンと張っていた緊張の糸が急に切れる。もう暗くなった道を駅へと歩きながら、私は幾度となく嗚咽を漏らした。
 

あの日のサツキだった。
入院する母の一時退院が予定より延びてしまった時、これまで気丈に振舞っていたサツキは、隣の家のおばあちゃんに初めて弱音を漏らす。
「もしかしたら、お母さん……ウワーン!!!!!」
と珍しく声を上げて泣くのだった。
 

痛いほどにサツキの不安が伝わる。
感情を吐露する姿に同士として共鳴し、その姿から目を離すことができない。隣のおばあちゃんに「こんな可愛い子たちをおいて、どこの誰が死ねっかい」と強く優しく励まされるのを見て私も一緒に抱き締めてもらうのだ。
 

母の死後、観れば必ず目を腫らすほどに大泣きすることがわかっているのに、どうしても観ることを止められず、やはり何度も画面の中のトトロやサツキやメイに会いに行った。
 

私は、多分きっと、全力で自分を癒しにかかっていたのだ。
あの時の悲しかった気持ち、それを同じ立場でなんとか乗り越えようとしている人の姿を見て「そうだ、そうだ、あの時、こんな不安な気持ちに駆られてしょうがなかったな」と反芻する。大好きな物語の登場人物に、自分を影法師のように重ね合わせることで安心感を得ていたのだ。
 

小学6年生という設定のサツキに比べれば、27才の私では年齢があまりにかけ離れていたが、しっかり者過ぎるサツキだったからこそ私は大いに彼女に助けられた。
 

物語と一緒にこれまでの感情を反芻することで、起きた出来事を癒し、整理した。
 

母が亡くなって17年の月日が経ち、私自身も母となった。大きくて不思議だけど子供にとって絶対的味方のようなトトロに出逢って欲しくて、兄弟を物語の入口へと誘った。
 

メイが仕事中のお父さんを花屋に見立てて摘んだ花を机に並べたり、トトロを追いかけて森を駆け抜けたりと、子供らしい姿を見せるたびに二人は可愛い歓声を上げ「メイ、ウケる~」などと言っては笑った。特に、ちょうどメイと同じ年ごろの次男は親近感を覚えているようだった。
 

名作は何年経っても名作のようで、86分間の物語がエンディングを迎える頃には「おれ、ネコバスに乗ってみたい!」「メイのおかーつぁん げんきそうで よかったね」など二人はそれぞれの感想を口にしながらニコニコと笑顔を見せた。
 

私ほど彼らが心酔したかはわからないが、それでもトトロの世界を堪能したことは間違いなさそうだった。私はひっそりと、サツキほどでないにしてもしっかり者の長男と、自由奔放で冒険心に溢れる次男の性格を勝手に映画の中の姉妹に重ね合わせたりした。色々あったけれど、今こうして同じ物語を我が子と楽しめていると思うとそれはそれでまた別の感動があり、結局私の涙腺は緩みっぱなしになった。
 

人生の伴走をしてくれるほど好きになった物語は、なんだか万華鏡みたいだ。万華鏡の筒をゆっくり回すと、瞳の向こうではビーズがクルクルと表情を変え、宝石のような輝きを見せる。
 

自分の身に起きた全ての出来事は、悲しい事も嬉しい事もその経験値が自分だけの宝石となる。万華鏡が見せてくれる景色は追加された宝石のおかげでますます輝きを放ち、物語は深みを増していくのだ。
 

私がおばあちゃんになる頃、この物語はどんな姿を見せてくれるだろうか。
その時また万華鏡を覗くのが楽しみだ。
 
 
 
 
***

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2024-08-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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