メディアグランプリ

とある執事の若様育成奮闘記(釣川の長太郎河童編)

thumbnail


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:久田 一彰(ライティング実践教室)
 
 
*この記事は事実に基づくフィクションです
 
「じいや、もう昔話の絵本はないのか? 家の中の本は読み飽きたぞ、なんとかせい!」
「そうですな、若様もだいぶ読まれましたから、他の本を探さねばなりませんな」
 
執事は、本をまとめながらベッドの端へ置きつつ、若様が満足するような話はなかったか、頭の中の図書館へ行って司書のように探し出した。
 
「明日になったら本屋へ探しに行くなどと申すなよ。わしは今すぐに違う昔話を聞きたいぞ。満足して寝たいのだ」
 
若様の無理難題は今に始まったことではない。
こちとら若様が生まれてこの方、いろんなエンターテインメントを仕入れてきたのだ。若様の好きそうな本はもちろん、YouTubeのホラーゲーム実況動画のマネ、マインクラフトの実況動画からセリフを抜き出す、島のマングローブの中に入りヤシガニを獲って食べる探検物までだ。
 
バーチャルの話も確かに夢中になられているが、若様育成係の私にとっては、なにか教育的要素も取り入れなくてはと思います。そこで思いついたのが、地元に伝わる話、いわゆる民話・伝承・伝説です。それなら先日仕入れてきたので、それを話すこととしましょう。
 
「では、若様、釣川の長太郎河童、というお話はいかがでしょうか?」
「釣川はすぐそこの川じゃないか。今でも河童が川の中におるのか?」
「さあ、どうでしょう。見えるものには見え、見えないものには見えない。妖怪とはそういうものです」
「ふうん、そういうものか。じゃあ話をしてくれ」
 
執事はゆっくりと口を開き、若様に語りかけていく。
 
むかしむかし、宗像にある片脇城を作っている時のことです。
お城を作るのにはたくさんの人手がいります。そこでお殿様は、多くの藁人形たちに命じて築城を手伝わせました。やがて立派なお城ができあがり、お殿さまも満足していました。
 
「よし、よくぞ働いてくれた。これからはわしの領地内で好きに暮らせ。畑のものでも好きに食べてよいぞ」
 
藁人形たちは自由に過ごし、畑の作物を食べていました。きゅうりを好きなものがやがて河童になったのでございます。
 
ある日、河童の棟梁である「長太郎」がお殿さまに呼び出されました。
 
「こら、長太郎。好きに暮らせといったものの、人間様にいたずらをし相撲で怪我をさせるとは何事ぞ。棟梁であるそちが、なんとかしてやめさせろ」
 
釣川の土手で甲羅干しをしながら腕を組み、長太郎はどうしたものかと考えていました。すると、子分の三次が川から顔を出し、話しかけてきました。
 
「親分、なにをそんなに悩んでるんです? 無理難題をふっかけられましたか?」
「いや、河童の中で悪さをする奴がいるから、どうにかしろと殿に命令されてな。手光の親分権十は手下も多く手がつけられない。なにかいい知恵はないだろうか」
「はあ、そうは言われても手前も河童ですからな。そうだ! 庄屋の籐兵衛さまに相談してみたらいかがですかい?」
「しかし、今、人間さまを騒がせている、河童の相談なんて聞いてくれるだろうか?」
「な〜に、人間さまにも頭のいいかただっておられますよ。まずは話してみることから始めてみましょうよ。あちらも困っていることでしょうし」
 
それもそうだ、と思った長太郎は、日が暮れてから庄屋の家をこっそり訪ねました。
 
夜分遅く、廊下を籐兵衛が歩いていると、何者かの気配がします。
 
「何者だ?」
 
気配を察知した籐兵衛は辺りを見回しました。最近河童のいたずらが多いと聞き、思わず身構えました。庭の池の辺りをうっすら月の光がさし、何者かが膝をついて座っていました。頭のあたりが白く光っているのを見て、
 
「河童がこんな遅くになんの用だ? わしの尻の玉を抜きに来たのか?」
「いいえとんでもございません。私は釣川に住む河童の長太郎と申します。最近、手光の河童たちが悪さをして私たちも困っております。そこで、なにかいいお知恵を授けていただきたく、お願いに参りました」
「それはわしらもそう思っていた。お主が手光の河童でないなら安堵した。しばし考えてみるゆえ、待っておれ」
「お願いします」
 
そういうと、籐兵衛は部屋で考えごとを始めました。
やがて目をあけ、家人を呼び出しました。
 
「これ、ひまし油を買ってこい」
「ははあ、ひまし油でごぜえますか。お腹が詰まっておられるので? 無理やり出されるのは体に悪ぅごぜえますよ」
「なあに、心配することはない。とあることをするのだ。黙って買ってこい」
 
次の日、庄屋がひまし油を買って、日に何度も厠へ行くという話が里に知れ渡りました。そして、手光の河童「権十」の耳にも入り、庄屋の尻の玉を抜く絶好の機会だと子分たちと話し合いました。
 
しかし、籐兵衛は名うての名人、小刀を使わせたら武士でも敵わないという使い手です。子分たちはお前がいけ、お前がやれ、とお互いを押し合いへしあいするばかり。誰も行きたがりません。
 
その様子に目をつぶって黙って聞いていた権十は、
 
「ええい、お前たちだらしがない。わしが行くとするわ」と庄屋の家へ出かけて行きました。
 
暗闇の夜、厠の下に潜り込み、庄屋の来るのを待ちました。誰かが障子をあけ、こちらに向かってきます。権十が影を頼りに目を凝らすと、噂通り籐兵衛がお腹を抑えながらやってきました。
 
やがて厠でしゃがみ込んだ籐兵衛。
すかさず権十の手が伸びます。
 
たあーーっ! 
 
闇を切り裂く小刀の一閃が、
権十の腕を切り落としました。
 
ぎゃーーーっという悲鳴と共に、何かが逃げていくのが分かりました。
 
次の日籐兵衛は、藁のようにしぼんだ河童の手を見つめながら、河童の長太郎と話をしています。そこへ片手になった権十がかしこまってやってきました。皿の水がこぼれ落ちて無くなりそうなくらい頭を下げ、
 
「もう悪さはいたしませぬ。どうかその手を返してください」
 
籐兵衛は長太郎へ顔をみてうなずき、
 
「もう悪さはせぬというなら、これを返してやろう。しかし、手が切られては不便だのう」
「いえ、わたくしどもには、河童の骨注ぎ、という秘法がございます。これをお教えいたしますので、どうかご勘弁くださいませ。もう二度と悪さはいたしません」
 
そういって、この地には河童の骨注ぎという技が広まったそうです。
おしまい。
 
執事が若様の方を向くと、もう若様は寝ておられた。
「どうぞおやすみなさいませ」
執事は静かにつぶやき灯りを消して、部屋を出ていった。
次の話は何にしましょうか、頭の中の図書館へ出かけていった。
 
参考文献:『宗像伝説風土記〈下〉』上妻国雄(西日本新聞社)
 
 
 
 
***
 
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

お問い合わせ


■メールでのお問い合わせ:お問い合せフォーム

■各店舗へのお問い合わせ
*天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。


■天狼院書店「東京天狼院」

〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
TEL:03-6914-3618/FAX:03-6914-0168
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00
*定休日:木曜日(イベント時臨時営業)


■天狼院書店「福岡天狼院」

〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階
TEL:092-518-7435/FAX:092-518-4149
営業時間:
平日 12:00〜22:00/土日祝 10:00〜22:00


■天狼院書店「京都天狼院」

〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5
TEL:075-708-3930/FAX:075-708-3931
営業時間:10:00〜22:00


■天狼院書店「Esola池袋店 STYLE for Biz」

〒171-0021 東京都豊島区西池袋1-12-1 Esola池袋2F
営業時間:10:30〜21:30
TEL:03-6914-0167/FAX:03-6914-0168


■天狼院書店「プレイアトレ土浦店」

〒300-0035 茨城県土浦市有明町1-30 プレイアトレ土浦2F
営業時間:9:00~22:00
TEL:029-897-3325



2024-08-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事