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不眠症からの脱出劇 ポイントは執着心だった


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記事:かたせひとみ(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 

今夜も長い夜が始まろうとしている。もう何回寝返りを打っただろうか。眠ろうと思えば思うほど、眠りは私から逃げていく。眠りのしっぽをつかもうと必死で握りしめても、無情にも手からするりと抜けていく。焦りと苛立ちが募る。
 

当事者にならないと、本当の辛さはわからないものだな……。今まで辛い経験をした人の話を聞いて「大変だったね」と頷いてきた。しかし、実際の辛さはわかっていなかったのだと、身に染みて感じた。
 

眠れないのがこんなに辛いとは思わなかった。
数年前、私は長く続く不眠症に悩まされた。「眠る」という赤ちゃんでも、犬や猫にでも出来ることがどうしてもできない。
不眠症になる前の私は、朝起きられないことはあっても、眠れないことはなかった。
 

ところが、ふとしたことから、ひどい不眠に見舞われるようになった。
はじまりは、背中の痛みだった。すぐに治るだろうと思っていたが、悪化するばかりだった。
いろいろな病院に行った。整体や鍼にも行ったが、良くならない。「いつになったら治るんだろう」「このまま治らなかったら……」と不安になった。ベッドに入ってもつい考えてしまう。
 

昼間働いて疲れているはずなのに、痛みのことを考えると眠れない。
明日も仕事だ。寝なくては……と、焦れば焦るほど目が冴える。やっと眠りについてもすぐに目が覚めてしまう。睡眠時間は徐々に短くなり、とうとう全く眠れなくなってしまった。
 

この頃は、ヘロヘロだった。何しろ、毎晩徹夜なのだ。頭は常にボーっとして、目の下にはクマが鎮座するように。睡眠不足と痛みのダブルパンチで、半分死んでいた……。
 

かかりつけ医に相談すると、まるで風邪薬でも処方するかのようにあっさりと睡眠薬を出された。やっと眠れる! とホッとする一方で、「一度飲んだら、やめられなくなるのではないか」という不安もあった。
医師は「身体が眠るリズムを取り戻せば、すぐに薬はいらなくなるから大丈夫」と、笑い飛ばした。
 

薬を飲むと眠れるようになった。しかし、眠りが浅く、芯から寝た気がしない。身体だけが強制的に眠らされていて、頭は起きているような感覚だった。眠っているのに疲れが取れない。
それでも、痛みや不安を忘れられる時間は貴重だった。ヘロヘロで生きている私には、この時間が唯一安らげる時間だった。
 

しかし、次第に身体が薬に慣れたのか、飲んでも眠れなくなった。私は再度医師に相談した。「じゃあ、もう少し強いお薬にしましょう」と、またもあっさりと、一段強い薬が処方された。
やがてこの薬も効かなくなり、更に強い薬に……。そんなことを繰り返し、どんどん強い薬を飲むようになった。しかし、どんなに強い薬を飲んでも気持ち良い睡眠が訪れることはなかった。
 

眠りが浅いからなのか、薬の副作用なのか、次第に物忘れが激しくなっていった。仕事ではミスを頻発。今朝の食事の内容が思い出せない。ガスの火を消し忘れる。どうした私? いつかとんでもないことをしてしまうのではないか、と自分が怖くなった。
 

こんな薬、やめたい。
物忘れはひどくなる一方だ。そのうち、薬の依存症になってしまうかもしれない。いや、既になっているかもしれない。
しかし、やめるのも簡単ではない。急に薬をやめるのは不眠症を悪化させる可能性があるため、医師の指導のもと、徐々に薬を減らしていかなければならない。薬をやめるまでの恐ろしく面倒くさそうなプロセスを思うと、げんなりした。
 

それに。
薬をやめたら眠れなくなる。辛い現実を忘れられるあの時間がなくなったら、生き地獄だ。薬がないと困るなんて、薬物中毒者のようだ。でも……。飲み続けるのも怖い、やめるのも怖い。八方塞がりでどん詰まりだった。
 

すれ違うベビーカーの中ですやすや眠る赤ちゃんがうらやましい。空地でひなたぼっこをしながら寝ている猫でさえ、うらやましかった。痛みも相変わらずで、世の中から見捨てられたような気分だった。
 

そんな私に大きな転機が訪れる。
ふと参加したオンライン交流会で、メンタル系の薬をやめたという方の話を聞いた。
経験者の生の声に、私はとても勇気づけられた。薬ってやめられるんだ! 私にもできるかもしれない! 目の前に光が差したような思いだった。
 

よし、私もやめよう! 
まず減らしてみる? いや、まどろっこしい。いっそ今夜やめてしまおう。
医者に相談? いい、いい。これも流行りの「自己責任」だ。
 

飲まなかったら今夜眠れなくなるよ? 
眠れなくても明日は休みだ。眠れなかったら、眠れなくてもいい。眠ることを諦めよう。
 

そう思ったら、身体がふわっと軽くなった。目の前にずっと降りていた重い真っ黒なカーテンが開いていくようだった。
私は、それまでの夜とは全く違う明るい気持ちでベッドに入った。
 

すると、奇跡が起きた。
薬なしで一度も目が覚めることなく熟睡できたのだ。自力での睡眠は最高に気持ち良く、身体は軽く心は晴れやかだった。世界中に「眠れたよー!」と叫びたい気分。眠れるという小さな奇跡に心から感謝した。
※注:あくまで私の体験なので、薬をやめることに関しては医師に相談を。
 

振り返ると、私は、眠ることに異常に執着し過ぎていたのだと思う。四六時中「眠ること」ばかり考えていた。
眠りのしっぽを捕まえようと、必死で手のひらを握りしめ、躍起になる。しかし、その執着が強くなればなるほど眠りは遠ざかっていく。実際の握力は大して強くないのに、私の心の握力はやたらと強かったのだ。
眠りを諦め、手のひらを緩め、執着を手放したことで、眠りが手に入った。
 

ほどなくして痛みに執着することもやめたら、痛みも消えていった。もしかしたら、痛みも不眠症も私の執着心が作り出した虚構だったのかもしれない。
 

日常が戻り、毎朝「ああっ! もうこんな時間!」と目覚める。「早く起きないと!」と慌てながら、私は、この上ない幸福感に浸る。「寝坊するほどぐっすり眠れるって、なんて幸せなことなんだろう」と。
夫が「遅れるよ!」と急かす横で、私はしばしの間うっとりするのだった。

 
 
 
 
***
 
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2024-08-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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