メディアグランプリ

文章の力_誰もが持っている大切な物語


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松本信子(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 

仙台に出張が決まった。
週明け朝一番の会議は、京都からでは間に合わず、前日に移動することにした。
飛行機での移動は空港バスや発着の待ち時間が面倒で、新幹線を選択した。
 

混雑する東京駅を抜けて、東北新幹線に乗り換えたあと、仙台に向かう。
暫くすると広々とした風景が広がった。
座席も広く、トンネルばかりの東海道新幹線とは違い、遠くの山々を眺めながら、久々に旅行気分を味わった。
 

仙台では、長年仕事で付き合いのある人と博物館に行く予定にしていた。
私は美術館に行きたいと事前に伝えていたが、残念なことに工事中とのことで、急遽行き先を変えたのだった。
その人も仕事の傍ら絵を描き続けており、私の家族が絵を描くことで、絵が共通の話題となっていたのだ。
 

最寄りの地下鉄の駅から博物館までは徒歩で10分くらいだった。
歩き出す時になって「博物館、やっぱり行きますか?」と、同行する人が聞いてきた。
「やっぱり行く?」
ここまで来て、行かない選択肢がある?
どういうことだろうと思った。
 

真夏の日中だというのに気温は25℃程度で、広瀬川を渡ってくる風は、多くの木々の間を渡ってくるせいか、さらさらとしていて、体の中を吹き抜けていくようだった。
月並みだが、『杜の都』とはよく言ったものだと感心した。
 

博物館がみえてくると「30年ぶりです」案内してくれた人が言った。
「そんなに来ていなかったのですか?」
ちょっと驚きだった。
美術館や博物館は好きな人にとっては、暇さえあれば歩き回るイメージがあったのだ。
実際のところ私もそうだし。
「そうですね。子供たちが小さい頃に連れてきましたね」
「変わっていないなあ」
懐かしそうに建物を眺めていた。
 

建物に入ると、急に彼はそわそわしだした。
「ちょっと」
そんなことを言ったかと思った途端、一目散に駆け出す彼の背中が見えた。
つられて私も一緒に走り出した。
駆け出して行った先には、ガラス張りの鍵のかかったスペースがあった。
彼は一生懸命のぞき込んでいる。
「創作室と言うのです。昔ここで二人展をやったのですよ」
懐かしそうに話してくれた。
のぞき込む彼の横顔の表情が、少し和らいだような気がした。
そうだった。この人は絵を描く人で、この場所は思い出の場所だったんだ。
創作室の外には手入れが行き届いた緑の庭園と高い空が広がっていた。
こんなところで展示会をするのは、どれだけやりがいのあることだったろう。
創作意欲に溢れていたであろう、彼の若かりし姿を少し想像し、ちょっと楽しい気持ちになった。
博物館はマルコポーロの企画展と、仙台の歴史の丁寧な解説の常設展が併設してあった。
閉館間際ということもあり、人もまばらな静かな空間が心地よかった。
博物館を出ると、夕陽の影が長くのびて、さらに風は涼やかに変わっていた。
 

案内してくれた人とは仙台駅で別れて、私は宿泊先に戻り、次の日は朝から会議だった。
昼過ぎに新幹線で帰路についた。
 

熱海駅を過ぎた頃、メールが入った。博物館を案内してくれた人だった。
博物館のことに触れてあった。
二人展というのは、ご自身とお付き合いされた方との作品展だったということ。そこまで読んで「なるほど」と思った。
昨日は単に『懐かしいのだろう』と感じていたことが、急に鮮烈で瑞々しい記憶の場所として私の心に響いてきた。
地下鉄の駅で「博物館に行きますか?」とわざわざ聞いてきたことや、30年も行かなかったことからしても、彼にとってあの場所は、作品だけでなく、一緒に作品展を行った人への相当の思い入れや出来事があったのだろうと想像できた。
 

もう少し読み進めると、話はまだまだ広がっていた。
彼が絵画教室で出会った何人かの女性の方たちとの人間模様を綴った話は、複雑に絡まりあい、一度読んだだけでは全容がわからないほどだった。
ただ、少なくとも彼の文章から私に伝わってきたものは、その人が過ごした時間と、そこで出会った人たちとの確かな息遣いだった。
 

メールを読み終わった後、仙台で歩いた博物館への道を思い返してみた。
あの時、私が気持ちのよい風に吹かれ、美しい風景に感激して写真を撮っている間に、一緒にいた人は全く違う思いで歩いていたのだろう。
隣で歩いていたのは私ではなく、昔、一緒に笑ったり、語りあったり、そして伝えきれないほどの思いを伝えた人だったのだ。
たまたま私がきっかけで彼の中にあった物語を引っ張りだした。
そしてその話は、偶然から引き出した話とはいえ、その人とその人を取りまく人たちの彩り豊かな物語だったのには違いない。
私自身がその場にいるような臨場感があった。
 

私がライティングゼミに入り、毎週2000字の課題提出をするようになって2ヶ月近く経つ。
自身の文章が、作文の領域を出ていないのは十分承知しているが、客観的な意見を聞きたくて、何人かの人にメールで送ってみた。
意外だったのは、殆どの人が、私の文章の感想よりも遥かに多くの分量を使い、自身のことを丁寧にかつ雄弁に綴って返信してきたことだ。
『子供の頃、母親が早朝に起き、食事の支度で忙しくて構ってもらえず寂しかったことを克明に思い出した』とか、『大学卒業の時、お世話になった先生に就職先を紹介されたのに、あっさり断ってしまったことが今でも気になって仕方がない』とか。
どれも私の送付した文章とは直接関係のないことばかりだった。
そして、長い付き合いのある人でも、初めて聞く話だった。
 

私は、先日の仙台での出来事や、ライティングゼミのメールでのやりとりなどを通じて、それぞれの人のもつ物語について考えることが多くなっている。
何かがきっかけになって『その人の大切な物語』に触れることができるのだ。
 

そして、今取り組んでいる『文章を綴る』ということは、自身を表現するものではなく、その文章がきっかけで、読む人達の歩んできた人生を引き出すものなのかと思い始めている。
読者は、自身を振り返り、懐かしい想い出や、忘れられない人生の輝き、悔しかった出来事を思い出し、それから再び日常の暮らしに戻っていく。
そして生き続ける限り、その人のドラマが続くのだ。
もし、物語を私がすくい取り、活字にできればその人の人生は明確な輪郭をもって立ち上がってくることになる。
それができれば、なんて贅沢で豊かなことだろうか。
だから、私はこれからも文章を綴ることをやめないでおこうと思う。

 
 
 
 
***
 
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2024-08-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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