メディアグランプリ

1日一万歩の憂鬱


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:みえふうや(ライティング・ゼミ)
 
 

睡眠、運動、朝散歩。
この3つが健康の秘訣だそうだ。
 

朝散歩を始めて約半年。毎日歩くことで、なんとなく気持ちがすっきりし、頭がクリアになるのを実感している。歩いている間、仕事のアイデアが浮かんだり、日常の悩みが少し和らいだりするのだ。
 

また、日々の散歩が周囲の風景や季節の変化に気づくきっかけにもなった。
 

肌を切るような冷たい空気。
木々の色づき。
ピンク色のつぼみの膨らみ。
アジサイの開花。
朝からムッとするような熱い日差し。
そして、セミの鳴き声。
 

これまで見逃していた自然の移り変わりに目を向けるようになった。
 

加えて、以前は、運動不足が気になっていた。が、朝起きてすぐ、空腹のままでの朝の散歩は、減量効果もあるのではないかと考えるようになった。これが本当なら、ちょっと嬉しい。
 
 

iPhoneにヘルスケアというアイコンを見つけた。ふと開けてみたところ、今日の歩数が表示された。特に設定していたわけではないのに、勝手に記録をとっていたのか。Appleは、時にお節介なことをする、と思った。しかし、実際に、歩数を気にし出してみると、このアプリは手間いらずで良い。いつも通り、iPhoneをポケットに入れて外出するだけで歩数がカウントされる。それに影響されて、最近は、毎日1万歩あるくことが日課となった。
 

最近のルーティーンは、以下の通り。
朝、起きたらすぐに散歩。近所の遊歩道を歩く。往復で約30分で、およそ3千歩。そのまま戻って、夕方近くまでは仕事。自宅で自営業なので、ほとんど歩かない。せいぜい100歩か。16時頃、近所のスーパーへ買い物。こちらはおよそ4千歩。たまに遠くのスーパーまで行くと6千歩。そして、最後に夕飯の後。その日の歩数をチェックして、1万歩までの不足分を補うべく、近所の遊歩道へ。
習慣化とは恐ろしいもので、1万歩を歩かないと、気持ち悪ささえ感じている。
 
 

ある日の夕方、飲み会があり外出した。それまでに仕事を終わらせたくて、ずっと机に張り付いていたので、その日の歩数は3千歩台。都内への移動は電車なのであまり歩数は稼げない。
 

そんなこんなで、飲み会は盛り上がり、帰りの電車は、23時を過ぎてしまった。
 

電車に飛び乗る。空いたシートに座る。時計を見る。そして、歩数を見る。7千歩。家に着く頃には、深夜24時になる。このままでは、1日1万歩は、達成できない。飲み会で盛り上がったことをちょっぴり後悔する。もう少し早めに切り上げていれば・・・・・・。
 

そこで、ふと思いついた。電車内を歩こう。
 

今は、一番前の車両に乗っているので、とりあえず、いちばん後ろの車両まで歩いてみよう。ドアを開けて進む。幸い、平日の夜は、そこまで混んでいない。
 

「すみません」
 

足を伸ばしてくつろぐ男性。立ったまま話し込む男女。謝りながら、間をぬって進む。ドアに寄りかかってスマホをのぞき込む男性には、ドアをコンコンと合図してからそっとドアを開ける。歩数を数えながら、10両を前から後まで歩いてみたが、歩数はわずか500歩足らずだった。
 

これでは、まだまだ足りない。今度は、一番前まで歩こうかとの考えがよぎる。しかし、さっきすれ違った乗客達とまたすれ違ったり、よけてもらったりすることを考えると、迷惑がられそうで気後れする。そもそも、夜中の電車内をうろうろするというのは怪しすぎる。
 

うーむ、今日はここまでか。7千500歩。シートに腰をかけ、宙を仰ぐ。
別に今まで努力してきたつもりはないが、こんな形で記録更新がストップするのは不本意だ。
 

辺りを見回す。最後部車両は、人が少ない。座っている人達も、寝ているか、スマホゲームに夢中だ。それなら、やってみる価値はあるだろう。
 

その場で立ち上がり、足踏みをした。
かかとの上げ、下ろし。
 

ドアの横に移動する。
 

柱につかまりながら、遠目に分からないように、小さな動き。
 

常にまわりに目配せし、怪しまれていないかをチェック。
幸い、誰も気づいている様子はない。
 

自宅の駅まで、この電車は直通運転。到着までまだ15分ある。15分歩くと、大体1,500歩だから、そのペースでは間に合わない。
 

足踏みのペースを上げる。よし、この調子だ。
 

カラダが熱くなる。同時に、少し酔いが回ってくる。
 

ドアのガラスに映り込む足踏みの姿。ガラス越しに流れていく、外灯。
 

「次は~」電光掲示板が、自宅の駅を表示する。
 

スマホをポケットから取り出す。9千500歩。
 

だめか・・・・・・。いや、そうでもない。
 

iPhoneの万歩計は、なぜか時間差がある。歩き終えてしばらくしないと歩数カウントが追いついてこない。
 

電車のドアが開く。もう一度、時計を見る。もうすぐ24時だ。急いで階段を駆け下り、そのまま改札口までダッシュする。もちろん最後の歩数稼ぎだ。
 

そして、24時。表示が更新されるまで、しばらく数字を見つめる。
 

1万20歩。
 

はぁ。かろうじて1万歩を達成した。こんなドキドキは初めてだ。
 

達成感で感無量であると同時に、少しだけ憂鬱な気持ちが頭をよぎった。
散歩はよいと思う。でも、なぜ1万歩にこだわるのだろう。
この笑ってしまうような経験が、さらに、1日1万歩を辞められない理由となってしまうということを考えると。

 
 
 
 
***
 
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2024-08-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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