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ツメちゃんが運んだ不思議な縁:真夏の夜の出来事


*この記事は、「240819 ツメちゃんが運んだ不思議な縁:真夏の夜の出来事
ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:松本信子(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 

「明日から夏休みです。勉強を忘れず、安全に!」
ガタガタと椅子を引いて生徒達は教室から出て行った。
当時、私は高校に勤めていた。
この時の私はまだこの夏がきっかけになる出来事を予測することができなかった。
 

さて。私は夏休みの生物実験室のカエルについて考えていた。
「アフリカツメガエル」だ。
このカエルは、卵が大きく観察しやすいので発生の卵割の実験に使われている。
体が扁平で、一生水中生活を送る。
そして後ろの水かきの先に黒い爪のような箇所があり(実際は爪ではないのだが)それが名前の由来にもなっている。
食事は、レバーをピンセットで渡すと『どうも』って感じで受け取って、前足で抱えて食べる。
水面に頭を出し、はあ~って感じで浮いていることもよくある。
そのくせ、ちょっとした音に驚き、急に慌ててその大きな後ろ脚で蹴って泳ぎだすので、水槽の水が波打ち、生徒達がびっくりすることもよくある。
つまりは、なかなかユーモラスなカエルなのだ。
 

実験室に置いておけば水温が上がり、確実に死んでしまう。
自宅がワンルームで狭く、誰かに預かってもらおうと、何人かに当たったが、案の定、丁寧に断られてしまった。
「まあね。急に預かってくださいって言われてもね」
ぼーっと浮いているカエルに話しかけてみた。
結局私が引き取るしかなかった。
 

大きなバケツを購入し、彼女(そのカエルはメスだった)を連れて帰ってきた。
バケツは、ベランダの洗濯機の後ろの小さな影のある場所に置いた。
朝はエアポンプや送風機をセットし、帰宅後はレバーのご飯をあげた。
毎晩丁寧に前足を使って食事をする彼女を見ていると、だんだんと愛着が湧いてきた。
アルビノ(体に色素のない変異種)なので、体は真っ白なのだが、ツメの箇所だけが黒くてそれもチャームポイントに見えてきた。
そして、いつのまにか、私は彼女のことを『ツメちゃん』と呼んでいた。
 

そんな生活を2週間ほど続けていたある夕方、バケツを覗くと、中が空っぽになっていた。かぶせたアミもずれている。
「えっ!」、周りを見渡した。いない。
マンションは4階建てのビルで、1階はスーパー、2階は病院、3階より上がマンションだった。私は3階に住んでいた。
下に落ちた? 下をのぞき込んだ。
真下は鮮魚コーナーで、店先まで売り場が広げてあった。
とるものもとりあえず、下まで階段を駆け下り、陳列棚や水槽を覗いた。
どこにもツメちゃんのように色白で巨大なカエルは見当たらない。
後で考えたら、上から巨大なカエルが降ってきたら、店の人が気が付かないはずはないのだが。
その時はそんなことを考える余裕がなかった。
横の排水溝を覗いてみたが、そもそも暗くて何も見えない。
大変なことになった!
もう一度階段を駆け上がった。
今度は、左右のお隣さんのベランダを首をつっこんで覗いてみた。
いない。
一軒ずつ、ピンポンして回ろうかと思ったが、説明の言葉が見つからず。
無意味に廊下と自宅を出たり入ったりしてしまった。
ツメガエルは体に保護膜があるので、多少の時間であれば生き延びることができる。
生きている間に助けてあげたかった。
 

次に同じ階の管理人さんに事情を話しにも行った。
「大きなカエル?」ちょっと怖そうな顔になった。
「そうなんです。おとなしいのですが、慌てるとバタつくので。あと真っ白です」
管理人さんは微妙な顔つきだったが、「出てきたら連絡しますね」と言ってくれた。
 

もうひとつ心配だったのが、ベランダ伝いに移動してほかの部屋のベランダに出たら、
見つけた人がびっくりしてしまうだろうということだった。
ただでさえ巨大で、色も白いし。
でもこれ以上なすすべがなかった。
いつでも戻せるように、バケツに水を満タンにいれておいた。
その日は、落ち着かずに、ずっとベランダにいた。
日も暮れて夜になった。
干からびて死んでしまったのだろうかと思うと悲しかった。
 

明日も朝から仕事なので、とにかく寝ることにした。といってもなかなか寝付けない。
そう思いながらも、いつの間にか眠ってしまったらしい。
「きゃーっ!」突然の女の人の悲鳴で目が覚めた。
一瞬わからなかったが、次の瞬間「ツメちゃんが出たんだ!」と跳ね起きた。
時計を見ると夜中の1時を回っている。
用意していた軍手を手にはめて(ぬるぬるして素手では捕まらない)、バケツを片手に、勢いよくドアを開けた。
と。
そこに立っていたのは、警官だった。
「何をしてるんだ!」いきなり恫喝された。
「すみません、あの……」と私。
その視線の先に、うなだれた男性が見えた。あれ? 頭が混乱してきた。
警官は更に「どういうことだ!」と詰問してくる。
私は、一生懸命説明をした。
今さらながらだが、『軍手とバケツを持ち、血相を変え飛び出してきたパジャマ姿の女』は、さぞ奇妙な光景だったことだろうと思う。
その夜の顛末は『不審者に追いかけられ、帰宅した女性が110番した』だった。
私は、部屋に戻った。ぐったりだった。
それから一週間ほど何もなかった。もうすっかり諦めていた。
 

その晩だった。ベランダに出ると、直径20cmくらいのまん丸で埃まみれの塊があった。
何だろう。触るとぶよぶよしている。
その上、その塊は動くのだ。
もしかして! 急に頭の中でツメちゃんと繋がった。
ひっつかんでバケツの水に放り込んだ。
埃とゴミとゼリー状の粘膜がずるりと外れて、中からツメちゃんが出てきた。
「おおっ!」暫く眺めていた。
ああ、よかった。生きていたんだ。なんて凄い生命力だろう!
安堵のため息が漏れた。
 

何週間かして、無事に二学期は始まった。
その後私は学校を去ることとなった。そして一般企業に転職した。
引き取り手のないツメちゃんも一緒だった。
転職してからも、出張の時には、ツメちゃんを上司の息子さんに預けたりした。
少年は生き物が好きだったようで、夏休みになると『自由研究に貸してください』と向こうからリクエストがきたりもした。
そして彼女との生活は数年にわたり穏やかに続いた。
 

先日、会社OBの方との同窓会があった。
その時に、当時の上司が「大事に残しといたよ」と、小学生だった息子さんが、スケッチしたツメちゃんの絵を見せてくれた。
少年のツメちゃんへの愛情が伝わってくるいい絵だった。
生き物が好きだった少年は、彼女のユニークな生態から、他の生き物の生態にも興味を持ち出し、大学でも研究を続けたが、命を繋ぐ仕事として医者を選んだという。
「先日テレビで、『逃亡生活を続けていた連続爆破の指名手配犯が、神奈川の病院で死亡』ってニュースあったやろ。あの時、最期をみとったのはうちの息子やで」
上司は話してくれた。
ツメちゃんを丁寧にスケッチした少年が、医者になっていたなんて。
手配犯は保険もない状態で最期に辿り着き、受け入れた病院だったそうだ。
そこで医者になった彼と手配犯はどういう会話をしたのだろう。
でも、そのような病院で働く彼は一人の人間として、犯人の命にきちんと向き合い最期を見届けてくれような気がしている。
 

あの夜に彼女が戻ってきた理由は未だにわからない。
でも彼女と暮らしたことで、ひとりの少年の人生を定めるきっかけが生まれた。
彼女は少年の心にも大事なものを運んでくれたようだ。
ツメちゃんは関わった皆に不思議な縁を運んできてくれたのだ。

 
 
 
 
***
 
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2024-08-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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