メディアグランプリ

12. 母とデイサービスのあいだで


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:井出崎小百合(ライティング・ゼミ6月コース)
 
 

「時間つぶしやん」
 

核心をついた母の言葉に、何も返す言葉がなかった。
あとわずかしかない人生、時間つぶしなんかしている暇はないのに、と私も思う。
もっと自由に、好きなことをしてもらいたいと願っている。
もし私が同じ状況に置かれたら……。そう想像するだけで胸が苦しくなり、吐き気がこみ上げる。
 

でも、仕方ない。
仕方ない……? 本当にそれでいいのか……?
 

体験デイサービスに出かける準備をして、
何も言わずに家を出て行く母の後ろ姿を見て、胸が締め付けられて涙があふれた。
 

母は高齢で、いくつもの病を抱えているが、認知機能は衰えていないし、入浴やトイレ、食事も自力でこなせる。
けれど、数か月前に転倒して骨折し、入院を経て帰宅してからは、病気の進行により転倒が増えてきた。
 

これからの生活をどうするか、家族で話し合った結果、母が家で過ごしたいというなら、家で過ごさせてあげようという結論になった。
たとえ、そこで倒れてしまっても、仕方ないと……。
 

でも、日中に転倒のリスクがある母を一人で放っておくわけにはいかない。
そこで、父が仕事から帰ってくる夕方まで介護サービスを活用しようと決めた。
デイサービスや訪問ヘルパー、リハビリ、訪問マッサージといったサービスを組み合わせ、なるべく母が一人で過ごす時間が短くなるように計画を立ててくれたのは、ケアマネージャーだ。
母の性格や体の状態、そして家族の状況に合ったサービスを的確に提案してくれるケアマネージャーの存在は、本当にありがたい。
 

「遠くの娘より、近くのケアマネージャー」とでも言うべきか。
 

デイサービスは週2回、訪問ヘルパーが2日、リハビリの作業療法士が1日、訪問マッサージが1日と、母の生活を支えるための体制が整った。
しかし、母はあまり乗り気ではない様子だった。
母はもともと人付き合いが得意ではない。
できれば家で静かに一人で過ごしたい人なのだ。
毎日誰かが家に来たり、デイサービスに行ったりすることが、どうも気に入らないようだった。
 

私から見ると、母は人と話すのが上手だし、誰とでも打ち解けることができる。
外に出て、人と話せば脳への刺激にもなるし、母が得意な手仕事をデイサービスで楽しんでくれたらと思っていた。
 

「絶対に楽しいと思うよ」
「元気になると思うよ」と勧めてみても、母は気が進まない。
 

そんな時、ネットで見た記事に「家族がデイサービスを勧める際に、『楽しいから行ってごらん』という無責任な言葉を使ってはいけない」と書かれていた。
それは本人が決めることであり、まやかしの勧め方では納得しないと。
デイサービスは、家族が安心して休息や仕事をするためのもので、母と一緒に暮らしていくために協力してほしいと伝える方が良い、とあった。
 

そうか、と思い母に「お母さん、家にいたいんやろ? だったら、デイサービスに行ってほしい」と伝えた。
すると、母は諦めたように、介護サービスを受けることに文句を言わなくなった。
 

それでも、体験デイサービスの準備を無言で粛々とこなす母を見ていると、心が痛む。
何も言わず、お迎えの車に乗り込む母。
その姿は、いつも家族の無理を受け入れ続けてきた母そのものだった。
 

せめてデイサービスが楽しいものであってほしいと願ったが、帰ってきた母に「どうだった?」と聞くと、「チラシにはいいようにしか書いてない」と不満げだ。
午前中は個別にリハビリもあり、お風呂もひとりで入れてくれて良かったけれど、午後は特にすることがなく、ただ時間を過ごしていただけのように感じたらしい。
 

心の底に溜まっていたものを吐き出すように、「時間つぶしやん」と母は言った。
 

私たちは、母の貴重な時間を無駄にさせたくないし、
母を邪魔者扱いしているわけでもない。
ただ、安全に、少しでも楽しく過ごしてほしいと思って選んだデイサービス。
それでも、母が「時間つぶし」と感じているのに、
それを私たちの愛情なんだから、
これが最善なのだから、我慢しろと言えるのか……。
 

いっそ認知の機能が落ちて、そういう悲しい気持ちに
気づかないでいてほしいとすら思ってしまう。
 

母は、歳をとって体が不自由になっていくだけでなく、
誰かの世話になり、介護サービスを使わなければならないことについて
どう感じているのだろう。
 

悲しいのだろうか。
悔しいのだろうか。
みじめなのだろうか。
つらいのだろうか。
腹立たしいだろうか。
それとも、情けないと思っているのだろうか。
 

結局、考えた末、午前中だけデイサービスに行って、
午後は家に戻ってきたらどうかと提案してみた。
母もそれを聞いて「そんなことできるんか?」と言った。
私はこれは名案だと思い、ケアマネージャーに相談してみたが、
「お父さんが安心して仕事をするために、できるだけ長時間預かってほしいという要望だったのでは?」とチクリと指摘された。
 

そりゃそうだけど……、といいかけてやめる。
なんと言ったらいいのかわからなかったというより、
母の気持ちを代弁しようとしたら、
感情がこみあげてきて言葉にならなかったといった方が近い。
 

父も、弟たちも、私も、それぞれの生活や仕事がある。
みんな少しずつ助け合って、母を支えているのだ。
だから、母にも我慢してもらうしかないのかもしれない。
 

でも、でも、仕方ない。仕方ない……?
 

この気持ちもいつの間にか日常に流されて、
母の気持ちをおざなりにしてしまうのではないかというのが一番怖い。
 

きっと母が亡くなった時に、私は何より後悔するのではないかと思う。
 

だから今、この気持ちをここに書き留めておこう。
何も解決策が見つからないままでも、この瞬間の思いを忘れないために。
 
 
 
 

***

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2024-09-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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