メディアグランプリ

必ず最後に妻は勝つ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:堀内真弓 (ライティング・ゼミ6月コース)
 
 

◯日々のつぶやきを拾う
「本当に凄いわね、これどこで売ってるの?」
70才後半の女性が、私のスマートフォンを見ながら尋ねました。
私は返事に困ってしまいました。
買うにしても、何万円もするものだし、使いこなせるのかな? 
更に、「これでは難しいのでしょう?」と、今使っているいわゆるガラケーを見つめながら、寂しそうな顔をします。
そして、ぽつりぽつりと話し始めました。
CDデッキを持っているけど、最近調子が悪くて、音が出ない時があること。
ギターを持って訪問してくれる友達がいるけど、毎月来てもらうのが申し訳ないし、夫の反応が以前より乏しくなったから、もう断りたい気持ちがあること。
 

◯音楽が好きだけど…
私は、この夫婦の住むお宅に週二回、訪問看護に来ています。
彼女の夫、つまり私たち看護師がお世話をするのは男性の方で、Nさんとしましょうか。
 

Nさんは、音楽が大好きで、東京で商売をしていた頃は、よく音楽ホールに聴きに行ったそうです。
病気になってから、友達がギターで好きだった歌手の歌を演奏すると、嬉しそうにリズムを取ったり、言葉にならない声を発したりしたそうです。
先日、認知症認定看護師と一緒に訪問した際に、どんな歌が好きだったかを聞き出し、スマホで検索して動画で音楽を流しました。
これがNさんとスマホとの出会いです。
その時の反応と言ったら、私たちまでも感動するくらいの驚いた表情でした。
目をまん丸く見開き、動かせる方の手でスマホを指差し、驚いたかと思ったら、うわーと言って、数本しか残っていない歯がよく見えるくらい大きな口を開けて顔をしわくちゃにして泣いてしまいました。
 

きっとNさんがお話しできたら「なんでこんな小さな箱から、自分の好きな歌が流れるんだ? しかも、テレビみたいに、歌っている人も見れるなんて、これは何だ? もらえるのか?」
いえ、あげませんよ(笑)
 

Nさんの楽しみである音楽を、いつでも動画で見れるようにしてあげたい。私は、訪問のたびに、そう思いました。
時間が許す限り、スマホを使って、色んな曲を流して楽しい時間を過ごしました。
 

◯Nさんの病気
Nさんは脳梗塞を繰り返し、もう4回目。
初めての脳梗塞では、麻痺も軽く、杖をついて歩けました。ベッドの周りには、デイサービスのスタッフと仲良く並んで映っている写真が何枚もあります。オシャレで社交的で、その頃はデイサービスでも人気者でしたが、3回目でとうとう歩けなくなりました。
そして、ご飯も食べることが難しくなり、胃ろうから栄養や水分を入れるようになりました。
だんだんと言葉も話せなくなり、今は「あー」とか、「うわー」とか、嫌な時などに声を出すくらいです。
 

東京生まれ東京育ちで、田舎の生活に憧れ、奥さんが不便だからと反対しても押し切って囲炉裏のある素敵な家を建てました。
しかし、この田舎での生活を満喫する間も無く、Nさんは脳梗塞になってしまいました。
 

◯好きなものがあるということ
ふと、私もいずれ病気になって、介護が必要になって、誰かのお世話を受けなきゃ暮らせなくなって、その時に聴きたい曲ってなんだろう?
Nさんみたいに、うわーって大きな目と口を開けて、涙を流して感動する歌ってあるのかと考えました。
いわゆる推し活っていうんでしょうか、そこまで夢中になれるものが私には思い当たりません。
 

Nさんは、パイロットになりたいと言う夢がありましたが、若くして亡くなった父親の代わりに、まだ小さい弟たちの面倒を見ながら家業を継ぐため諦めました。そして一生懸命に仕事をしたそうです。仕事の大変さを少しでも忘れるために聞いていた音楽だったとしたら……色んなことが思い出され、懐かしくなり、大泣きするほどの感情が溢れるのは当然のことだなと思いました。
 

◯家族からのプレゼント
スマホがどこで買えるのか聞かれてから数ヶ月後のこと、訪問すると奥さんが目を輝かせて「息子からスマホを買ってもらった!」と見せてくれました。
さぁ、そこからは、何度操作しても慣れない奥さんへ指導が始まります。
練習の甲斐あり、2週間ほどで、検索して動画を見つけ、音楽を流すまで覚えることが出来ました。ちゃっかりと、自分がファンだった歌手の歌までも聴いています。
 

これで奥さんが流してくれれば、いつでも動画で音楽が聴けます。
Nさんの楽しみと言ったら、ベッドの上では音楽だけかも知れません。食事も口からは食べられません。自由に出かけることも出来ません。
奥さんの話に、片手を挙げたり、声を出したり、しわくちゃな顔で泣いて反応するくらいで、自分ではもう出来ないことの方が多いのです。
 

◯どんな人生でも受け入れる
Nさんご夫婦の生活は、奥さんが健康で動けるからこそ続けていられます。次に脳梗塞を起こしたら、命は助からないかもと主治医から言われています。
ご夫婦にしか分からない事情もあるでしょう。
私は奥さんの生き方が好きで、介護しながらも、決して自分の全てを犠牲にせず、小さなボランティアを続けたり、時々東京まで買い物に出かけたり、読書を楽しみ、いずれ冊子にまとめるために、自分史を書き溜めています。
それが、Nさんの介護にも良い影響があるのでしょう。気分転換を上手にしているからこそ、自宅での生活を続けていられるのだろうと思います。自分の頑張りだけで介護は出来ないと割り切って、色んな人の助けを借りています。
「こんな生活だけど、若い頃は夫のわがままで散々苦労したから、今は私が全部決められるし、今は今でいいもんなのよ」と奥さん。
なるほど! 夫婦の歴史、最後は妻が勝つのですね! Nさんの部屋に、奥さんの言葉が明るく響き渡りました。

 
 
 
 

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2024-09-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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