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リアル・ドクター山本 ~凄腕・理学療法士が起こした魔法~


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:小城 由紀 (ライティング・ゼミ 6月コース)
 
 
*固有名詞は仮名です
 

「私たちは障がい者なんだよ。完治はしないよ」
 

隣のベッドで晴美ちゃんは、すべてを達観した表情で言った。
 

自称、病院一リハビリ好きな前向き患者だった私は退院間近になって一転、塞ぎこみ、泣き腫らす。
完治をだけを目標にして頑張って来たが、右手が肘から先からどうにもだらんと動かない。
 

この6か月前、私は横断歩道を青信号で渡っていたにもかかわらず、ひき逃げに遭い病院に運ばれた。頭から地面に叩きつけられたらしく、四度の頭部の手術、脳が腫れあがり左側4分の1ぐらい頭蓋骨を取って冷凍保存、という処置が行われた。
 

大きな脳損傷を負い、二週間意識不明だった私が目覚めたあとは、脳のダメージからくるいろんな障害との戦いの日々だった。
特に大きな障害は記憶喪失と右半身の麻痺だった。
 

記憶喪失の話は詳しく今は書かない。長い話だ。要約すると今までの記憶を全て無くして、頭だけ赤ちゃんになっていた感じだ。そのため聞くもの見るもの、勉強すること、リハビリの筋トレ等が全て新鮮で好奇心をそそられていた。
おまけに病院スタッフや私の家族は、やる気を出すためにいい事しか口にしない。こうして病院一リハビリ好きの前向き患者が出来上がって行った。
 

右半身麻痺はというと、右腕は鎖骨骨折、右脚も大腿骨を骨折しボルトが入る手術があり、どちらも動かせない。本格的なリハビリは3か月後、リハビリ病院に転院してからのスタートになった。リハビリというのは早ければ早いほどその回復が期待できる。3か月ものロスは特に右手には大きかった。
 

どんなリハビリをやって手の回復は見えない。それでも回復を、完治をと考えていた私。
退院日が決まっての晴美ちゃんの言葉は決定打だった。記憶喪失で真っ白な頭に「障がい者」という文言を杭で打ち付けられたような感覚がする。障がい者であることを受け入れた瞬間だった。
 

生涯の友となった晴美ちゃんは、やはり交通事故で脳障害を負い、嗅覚と味覚を失っている。私より先にこの受け入れの時を体験したため、優しく私を支えてくれた。二人で退院しても連絡を取り頑張って行こうと誓った。
 

だがありがたいことに、私の家族は諦めていなかった。思い当たる病院や医師に退院後にリハビリをしてくれるいい方はないかと声をかけてくれ、ついに知人から、かつてのオリンピック金メダリストに帯同した凄腕の理学療法士がいると紹介された。それが山本先生だった。
 

山本先生は会ってみると、歳は私の少し下。全体には細身だが、腕、肩周りは筋肉が隆々としている。顔は優しく、口調も穏やかな方だった。
 

最初のアポイントメントは私の現在の状況のチェックだ。歩いてみせたり、立って腕を上げたり等体幹を観る。それから椅子に腰掛け、テーブルの上に手を出す。その私の右手を、山本先生は観察し触診する。それに対して私の手が微かに反応する。
山本先生は母と私を見て、ゆっくり言った。
 

「大丈夫。これは麻痺では無いですね。動くようになりますよ」
 

その言葉に母は涙ぐんだ。だらんとした右手が回復する、その未来が見えた。
 

山本先生によると、たしかに一度麻痺状態になり、脳内の右手をコントロールする回路が遮断されたらしい。だが、その後回路はつながり出しているので、マッサージやリハビリで手の方から脳に働きかけるようにすればどんどん回路は繋がる、という事だった。
 

再び前向きバカが戻ってきた私、早速リハビリをと意気込む。
しかし山本先生は思いがけない言葉を言った。
「しばらくはここで、私と一緒にリハビリをします。
 

ただ私がOKを出すまで日常では一切、右手は使わないで下さい」
 

これには私も母も驚いた。今まで出会ったどのドクターも理学療法士も作業療法士も、生活の中で積極的に使うことが最高のリハビリになる、と言っていたからだ。
 

山本先生の考えは違った。今の右手で日常動作をすると、メインとなる大きな筋肉に頼ってしまい、小さな筋肉がより動かなくなってしまう。日常の動作がどんどんぎこちないものになってしまう。
今はあまり動かなくなっている筋肉を探し出し、そこだけを鍛えることが大事らしい。それは山本先生の監視下でないとできないそうだ。
 

かくして私の右手をメインにした、山本先生によるリハビリが始まった。週3日ほど1時間半だ。多くの他の多くの患者やお弟子を抱える多忙な山本先生の時間を、それだけ私に割いてくれたことに、今でも心から感謝している。
 

始まったリハビリは杖を付かずには歩けるようにするための、体幹トレーニングは割と想像つきやすいだろう。だが右手のトレーニングは想像を超える、驚愕の地味さだった。
 

先生が私の右手のいろんな大きな筋肉を押さえて、
「さあ、人差し指の第一関節だけ意識して動かしてみましょう。まずはこっちの方に、次はこっち側」
という感じだ。右手のインナーマッスルを鍛える、というところだ。
先生はその部位が動いたか動いていないのか、素人ではわからないことを目で、抑えている自分の手の感触で、動きを確かめる。
そして私は指示の度に「うぎゃー」とか「むむむ」とか不思議な声を上げる。
知らない人が見ると「何やってんの?」と不思議な光景だったに違いない。
しかしその動きは、事故に遭ってから7か月全く動かなかった筋肉を動かしている。見た目は地味でも体感はスーパーハードだ。手そのものもそうだが、脳の一番の損傷部に回路繋げ、とばかりにダイレクトに働きかける。脳が疲労し、毎回くたくただった。
 

そんなリハビリが二週間ほど続き、やっと山本先生から日常の動作に使ってもいいとの許可が出た。それも今度は逆にどんどん使え、ということだった。
 

夫は気を遣い普段はリハビリについて何も聞いてこなかったが、許可が下りたことを話したら、
「今どのくらい動くの?」
と聞いてきた。
私は「このぐらい」と何の気なしに手を振る動作をした。
それをみて夫は驚愕の表情を浮かべた。半年間ピクリとも動かなかった右手が軽やかに大きく動いたからだ。
私は山本先生のところで自覚なく動かしていたので、逆に夫が驚いたことに驚いた。
この二週間で劇的に動くようになったという事だった。
 

山本先生のリハビリは、その後約2ヶ月半行い、五度目の頭部の手術(脳の腫れがおさまり、冷凍保存されていた頭蓋を頭に戻す)で入院ところで一旦終了となった。
 

退院後も山本先生にお世話になったが、右手のリハビリは終了して、杖が取れるように体全体のリハビリが行われて、時間も回数も少なくなっていった。
そして山本先生が活動拠点を海外に変えた事で終わった。
そのころには私も杖は取れ、普通に歩いたり走ったりできるようになっていた。
手の方はというと、右手も左手も筆記ができる、という特技が身についている。完治と言われてもおかしくない。
 

SNSで山本先生が活躍している画像をよく見ている。現地に溶け込み楽しそうだ。
最終的にお互いの家族ぐるみのお付き合いになった理学療法士の山本先生を、私の家族はこう呼んでいる。
 

実践的に体を治して(直して)くれる
「リアル・ドクター」だと。
 
 
 
 
***
 
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2024-10-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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