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突然死した介護者である弟の日頃のあいさつが、父の命を救った


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記事:あきちゃん(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
 弟と要介護3の父は私の住む家から、800km離れて住んでいる。介護は弟に任せていた。
弟に、「お父さんを老人ホームに預けるか?」と聞いたら、弟は「老人ホームはお天気が良い日にお散歩してくれないから、いれたくない」と答えていた。
弟が納得しているなら、それで良いと思っていた。
あと、2年したら、夫の転勤が終わる。そしたら、サポートできる。それまで、持ちこたえてと願っていた。
  
 ケアマネさんから、突然電話がきた。半年ぶりであろうか。
「弟さんが、意識不明で今救急車を呼びました。また、状況が分かり次第連絡します」
私は、「え。何ですか。キャー!!」と叫んだ。
ケアマネさんは「落ち着いて。落ち着いて」と言ってくださった。
言葉の力は、不思議だ。私は、本当に少し落ち着いた。
 
その後、次の電話が来るまで1時間待った。
私は、両手で頭を抱えていて座っていた。
夫は、自宅で仕事をしていた。当時コロナが流行っていて、在宅勤務であった。
夫に、「弟が今意識不明」と紙を渡したら、口を押さえていた。
 
 次の電話は、ケアマネさんからではなかった。
なんと、警察からだった。
電話に出ると、最初の開口は「この度はご愁傷様です」と言われてしまった。
私は、すぐに怒った。いつも怒らない私が。
「なんで、ご愁傷様なのですか。1時間ほど前に、救急車を呼んだとケアマネさんが言っていたのですよ。今、病院で救命しているのですよね。変なこと言わないでください」と言った。
 警察は、「ごめんなさい。聞いてなかったのですね。自宅で亡くなったので、救命していません」
「え?」
「亡くなった?」
「え?そんな……」
私は? でいっぱいだった。すぐには言葉が理解できなかった。
私の体は、がくがく震えはじめた。心臓がドクンドクンと感じた。
状況理解と心が全く追いつかなかった。
 
少し冷静になると、ケアマネさんは、私を傷つけないため、驚かせないためにと考えたと分かった。いきなり「弟さんが死んでいます」と伝えるのではなく、「救急車を呼びました」と心の準備をさせてくれる配慮だったのだと後からわかった。
 
 弟の死を知ってから少し経ってから、父は? と警察に聞いた。
「これから、ケアマネさんが手配してくれた、老健に移動します」と警察は言って、父に電話を変わってくれた。
 
父は、弟が死んだことを理解していて、泣いていた。
「老健でおいしいごはんを食べてね。すぐに行くからね。弟にありがとうだね」と私は父に伝えた。自分はしっかりしなきゃと思って、私は、弟の死のショックを出さないように努めて、父を応援するつもりで元気な声で伝えた。
父は、「はい」とか細く答えた。
 
 警察によると、第一発見者は、リハビリの方だった。
いつものように、玄関ドアのチャイムをならすと、「こんにちは」と笑顔でドアを開けてくれる弟が出てこない。
普通は、そのまま不在だと思って、引き返すが、ドアが開いていたので、開けたそうだ。すると、リハビリの先生は、父は、ベッドから落ちて倒れていたのを見て、すぐに助けてくれた。
 
すぐに、「息子さんは?」と父に聞いた。
 
「昨日から見てない」と父は答えた。
父は、約1日床に倒れ続けていたことがわかった。夜も父は床に倒れていたのだ。
 
私は、恐怖で唖然となった。父が倒れていた時間、私は何も知らずに800km離れた場所で、過ごしていた。その時間何をしていたかを思い出そうと、必死で振り返っていた。
 
リハビリの先生は、家に上がって良いかを上司に許可を得てから、2階の部屋に入ってくれた。すると、弟は布団の上で、眠ったまま右手をグーにして、上にあげて、亡くなっていたそうだ。
 二階にあがる階段の一歩一歩で、「もしかして」と既に弟の対面の覚悟をきめていたと後からお礼に伺った時に聞いた。
 弟から、リハビリの先生から、家庭でのリハビリのやり方を教わっていたと聞いていた。
弟の日頃のあいさつや、リハビリの先生との関係性や信頼関係のおかげで、父は命拾いをしたのだ。
 
もし、弟が、休みの日も連絡をしない、父をリハビリの先生に、任せっぱなしで、あいさつをしない環境であったら、間違いなく、リハビリの先生は、引き返していただろう。
そして、次に人が父の家にくるのは、二日後のデイである。そのデイの送迎も応答がないからと、引き返せば、翌週のリハビリ時で一週間後である。「連絡がないのに不在である」とようやく、私に連絡が来るであろう。
 
父は82歳で、車いす生活である。自力で起き上がれなかった。
3日、もしくは、7日飲食しないことになると絶命していたであろう。
弟と父を一緒に同時に亡くしていたら、私は、相当のショックで立ち直れなくなり、精神の病気になって、入院していたであろう。
  
 一方で、弟は、何で死んだのか。真実が知りたかった。亡くなっても、弟の気持ちの近くにいたいと思った。
多くの親戚や知人は、「介護の過労死」ときめつけていた。
私は、疑問を持っていた。弟は、無理をしないタイプだからだ。
病院で死因を調べてもらった。すると、虚血性心疾患(心筋梗塞)であった。
 
 それを聞いて、何で、健康診断に行くように強く言わなかったのだろう、食事を気を付けるように強く言わなかったのだろうと即座に自分を責めようとした。
 
 でも、それでは、命をはって亡くなった弟はやり場がないと思った。
悲しむのではなくて、謝るのではなくて、「ありがとう」とお礼を亡くなった顔を見たとき、葬儀で見送るときに言った。
 
弟は、何を最後に語りたかったかな。死ぬときは一瞬と聞くが、無念だったろうな。
父を最後まで、守りたかっただろうなと思った。
近所の方に、弟の死去を伝えると、「よく、お父さんを車いすに乗せてお散歩していました」と何人もの方に言われた。「親孝行ですね」と。一緒に泣いてくれた。
 
 私は、800km離れて夫と子供と転勤先にいるけど、なんとしてでも、父に楽しく生きてもらい、父を守ると決めた。
 「弟よ。本当にありがとう。父の命をつないでくれて、ありがとう。弟の父への思いやりが、リハビリの先生が、助けてくれたことにつながったね」
 
 「ありがとう」 
この言葉って、生きている時にたくさん、言いたかったなと思うと、涙が出た。
 
永遠なんてないし、日常が続くこともいつかはこのように突然終わることもある。
 
だから、「ありがとう」は、後悔しないためにも、伝えるようにしている。
父には、娘のころ、子どものころに言えなかった「ありがとう」をたくさん言うよ。
 
 
 
 
***
 
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2024-10-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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