メディアグランプリ

目を見て会話するようにしたら、富士山が見えた話


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記事:punneko(ライティング・ゼミ9月コース)

 
 

パリの街を旅行で訪れていた時、「Madame! Madame! (マダム)」と声がして、
男性が私の前に回り込んできて「コートのベルトを引きずっているよ」と教えてくれた。
パリにはスリが多い、
話しかけられている間に抜き取られる、と再三聞いていた私は、
警戒しすぎて親切に声をかけてくれた人を無視しようとした自分を恥じた。
 
でもそれよりも印象に残ったのは、
私が引きずっていたトレンチコートのベルトを慌ててたくし上げながら
「Merci(メルシー)」とお礼を言ったとき、
相手がぐっと私の目を見返して笑いかけてくれたことだった。
温かさや穏やかな安心感を持たせつつ、
軽い親しみを感じさせる陽だまりのような目で。
今でもその目を、思い出すことができる。
 
私がベルトを引きずっていると教えてくれた人の目を見返したのは、
相手がフランスの人で私がフランス語が拙くて、
相手の表情、身振り手振り、口の動きすべてから情報をとらないといけない、
という意識が働いたからだろう。
見た瞬間に目の焦点が合って、
相手の姿かたち、表情がくっきりと浮かびあがってきた。
 
霧が晴れて、薄もやがなくなり、山の形がはっきり、くっきり見えてくる、
あの感じ。
 
そんな一瞬の出来事を経て、
気付いたことがある。
子どもの頃は見すぎるくらい相手の目を見て話していたのに、
最近は全く見ていなかったこと。
いつしかなんとなく顔はそちらに向けつつも、
目の焦点をぼかしていたこと。
 
だから
相手の雰囲気はなんとなくぼんやり覚えてはいても、
相手がどんな表情をしていたのか、などの細かい情報は
当然のことながら
薄もやがかかったようにおぼろげで、あまり覚えていない。
撮った写真を後から見返してみて
「こんな顔だったんだ」と後から思う始末……
 
人見知りだから?
緊張するから?
じっと見すぎると失礼だとマナーの本で読んだから?
好きって思わせちゃうかもしれないから?(それはない)
平安時代の位の高い女性が「御簾(みす)」越しに会話した名残?(絶対関係ない)
 
マナーのことはよく知らないけれど、
気付いたときに私が思ったことは「もったいないな」だった。
出会い、話した相手がどんな表情をしていたか、
どんな顔だったのか、
ぼんやりとしか覚えていない。
同じ時間を費やして得られた情報として、
「もったいないな」と思ったのだった。
 
そこから相手の目を見て会話する、を意識してやってみることにした。
結構緊張する。
今まで長い間やっていなかったのだから、
再デビューは緊張して当たり前だ。
話す前に、
目を見て話すぞ、と自分に言い聞かせて
あのフランスで出会った男性の
軽い親しみを感じさせる陽だまりのような目を意識してみる。
 
ただ日常会話を交わすだけなのに、
心の下準備が大げさではある。
 
だけど、
普通に会話しているだけなのに
自分の記憶の中の相手像が今までよりもはっきり、くっきりとしてくるのを感じる。
 
今まで親しくしていた人たちとはもちろん、
初対面の人とも会話が盛り上がることが増えた。
逆に、
今までの私は笑った形の目を作ってはいても
目線が合わず、心ここにあらずなのが相手にも伝わっていたんだろうな……
ということの証明でもあり、
申し訳ない気持ちにもなる。
 
目を合わせて会話する、をチャレンジ中の今、
うれしい副次的効果があったので最後に紹介したい。
 
買い物や食事に行った先の店員さんに、
親切にしていただけることが増えた。
紅茶やさんで、人気のフレーバーの紅茶のサンプルをいただいたり
レストランでデザートやお茶をサービスしていただいたり
洋服やさんで、
VIPルームに通していただいてお茶とお菓子をご馳走していただいたり。
 
買っていたらそのおまけとしていただく、ということはよくあることだけれど
買っていないのに、である。
 
目を見て会話を交わす、ということが
かくも
私はあなたと、あなたの話にきちんと向き合っています、
あなたが、一点の曇りもなく私の脳裏にクリアに見えています、
親しくありたいと思っています、
と相手に誠実な態度として伝わり、
受容されるということを
私は意識して試してみるまで知らなかった。
 
それはまるで、霧が晴れ、曖昧だった山の輪郭が徐々に現れ、
それがただの山ではなく雄大で美しい富士山であることがわかったような、
そんな感覚である。
 
目を見て話すようになって気づいたことのもう1つが、
意外と相手もこちらを見ていない、ということ。
だけど、
そこで諦めるのではなく
辛抱強く見続けることで、
相手も気づいて目を見て話してくれるようになって、
親しくなれたりする経験を、
今更ながらに重ねて楽しんでいる。
 
自分から、意識して相手の目を見て話してみる、をおすすめしたい。
相手の像がはっきりくっきり見えてきて、
さらに富士山を見たときのような得した感、
を味わっていただけるかもしれない。
 
 
 
 
***
 
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2024-10-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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