もう、鼻毛のせいで、泣かなくていい
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:izmy(ライティング・ゼミ9月コース)
「痛くありません」
とある地下鉄駅構内。
黄色のポップが目を惹き、その下では顔面アップのアニメ動画が流れている。
なんだろう?
薄緑のパーテションに囲われたブースに近づくと、淡い色のポスターに書かれた『鼻毛脱毛』の文字が飛び込んできた。
鼻毛脱毛に興味ある人、と周りから見られるのが恥ずかしくて、そそくさとその場を去った。
それから数日、私は少し後悔していた。
あれはどういうお店だったのだろう。もっとちゃんと動画とポスターを見てみればよかった。
固定店舗ではない即席ブースで、何が繰り広げられているのだ?!
このお店と出会ったのは、コロナ禍も少し落ち着きだして、テレワークから出社が増えたタイミングだった。私はアレルギー持ちで気管支が弱かったので、乾燥を防ぐ目的もあり、マスクはしばらくつけていた。しかし、久々に合う同僚や友人とのランチ会、大切な人に会う場面ではマスクを外す時間が出てくる。その前日に慌てて顔周りのお手入れをするのだが、これが辛くて辛くて仕方がなかった。
下から横から手鏡でチェックして「こんにちは」したものを専用のハサミでチョキっと切る。手前のものはピンセットで抜くと、痛みで涙が出る。でも、やらねばならない。「鼻毛出てた人」と思われたくない一心で、意地の格闘30分。
痛い、時間がかかる、の二重苦をできれば避けたい。永久脱毛も調べたが、顔まわり脱毛を提供する医院は少ない。費用面や施術前後の制約も気掛かりだった。生きている限り、意地と涙の格闘は、残念ながら定期的にやってくる。
再び薄緑のブースに出会い、恥ずかしさを捨てて動画とポスターに見入る。
印象を左右する大事な身だしなみ
3分エチケット
鼻の奥は残します
ここ(鼻先のキワ)とかうぶ毛も一網打尽
持続性3〜4週間
料金1,300円
クイック散髪のような印象を受け、その日は満足して帰った。
帰り道、ネットでこのお店のページを調べた。そこには、ワックス脱毛であること、花粉症などで鼻が敏感なときはお避けください、といった注意点が記載されていた。
1週間単位のローテーションで地下鉄の4駅に出店していることがカレンダーで示されていた。予約は不要。自分の手帳と見比べて、Xデーを決めた。
Xデー当日。
受付、と書いてある方に向かい、「あのー」と声をかけると、エプロン姿のお姉さんが笑顔で「20分後くらいにご案内できます」と小さな紙の番号カードを渡してくれる。
近くで待つ必要があるが、明らかに「脱毛待ちの人です」とバレないよう、少し離れた構内の柱の影で、待ち合わせ風を装ってスマホを見ながら待っていた。
「15番の方〜」お店の人が呼ぶと、同じく待ち合わせ風だった人がパパッと薄緑のブースに駆け寄る。見ていると、周りの待ち合わせ風の人は、あの人もこの人も順番待ちの人だった。男性8割、女性2割くらいだった。
自分の番号を呼んだのは男性スタッフだった。あー、あのお姉さんがよかったな〜。さすがに男性にお願いをするのは、恥ずかしい。
薄緑のブースの中は、さらにパーテションで区切られていて、隣の人も外からも見えないようになっている。パイプ椅子ひとつと、左の壁にライト、右の壁に鏡があった。
椅子に座り、少しあごを上げる。
まずは綿棒で両鼻を保湿。
「鼻の中に傷などはないですか?」と確認があり、問題がなければ、いよいよスタート。アイスバーのような木の棒を温かい緑の液に先端だけ付け、鼻の壁にぴとりとくっつける。少し松の香りがするワックスだ。しばらくすると液が固まり鼻とくっつく。自分の鼻の穴からそれぞれ2本ずつ棒がぶら下がっている、というコントに出てきそうなおもしろい状態になっている。にもかかわらず、穏やかな表情で丁寧に説明をしながらテキパキと手を動かすスタッフさんに、安心感を覚えた。
「では、いきます」と棒が一本ずつ引き抜かれる。
鼻の入り口にドンと小さく重たい衝撃を感じる。少しジンとする余韻があるが、涙は出ない。これを何回か繰り返し、短くて取りきれなかったものをピンセットでチョンチョンと取って、無事終了。お会計も含めて5分以内。この日に気をつけることは、汚い手で鼻を触らないこと、だけだ。
何も感じないわけではないが、痛くはなかった。鼻が温められているからか保湿されているからなのか、最後のピンセットも不思議と痛くない。
コツを掴めば自分でもできるのかもしれないが、スタッフさんの誠実さと仕上げの良さに、サービスをまた受けたいと感じた。
鏡で見ると、私の鼻はとってもすっきりしている。鼻から吸う息も清々しい気がする。
ばっちり口角上げてスマイルしても、鼻はキレイ。
上向いて大笑いした姿を見られても、怖くない。
全方位からの接近戦、どんとこい!
痛い、時間がかかる、の二重苦を脱し、自分でお手入れする以上にきれいになった感動のあまり、男性スタッフさんに
「本当にありがとうございました! いつもお手入れ大変だったのですごく助かりました。素晴らしいサービスですね。こういうのを求めてました。また来ます!」
と伝えて、晴れやかな気持ちであとにした。
好きな人に会う前に、もう、泣かなくていい。
何の心配もすることなく、いつでもどこでも笑顔になれるよ、私。一緒に過ごす時間がさらに待ち遠しい。
***
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