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“あの虫”が教えてくれた 「無知からくる恐怖」への対処法


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:AKIYO(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 

 この気配はお前か? どこだ、どこだ、お前は一体どこにいる……。
 
この世で「得体の知れないもの」ほど、恐ろしいものはないのではないでしょうか。例えば、深夜に隣室から聞こえてくる何かを削るような物音。次の人事異動でやってくる「陰湿」という評判の上司……。想像しただけで、怖いですよね。
 
今回は、私が経験した「得体の知れないものへの恐怖」について、お話したいと思います。
 
2011年、私は単身で、東日本大震災の被災地に駐在しておりました。人生で初めての北国暮らしでした。
 
 初めて北国暮らしをする者にとって、一番の不安は冬です。東北の冬は、一体どのぐらい寒いのか。事故を起こさず雪道を運転できるのか。皆目見当が付きません。私は会社が借り上げてくれた学生向けの安アパートで、これから訪れる冬への不安を募らせていました。
 
 アパートは、被災エリアから30~40分ほど車を走らせた林の中にありました。そこには、被災された方はもちろん、復旧作業のため近隣から単身でやってきた男性も数多くおられました。
 
 11月半ば。週末の、よく晴れた日の午後でした。自室でくつろいでおりますと、一人暮らしであるはずの隣室の玄関先から、子どもたちの声が聞こえてきました。
 
 「やだー、気持ち悪い。こいつら秋になると、なんでこうやってたくさん集まってくるんだろうね」
 
 恐らく姉妹でしょう。単身赴任中の父親をねぎらうためにやってきたのだろうなと、推察されました。二人はどうやら、「気持ち悪くて、たくさん集まってくる何か」を、ホウキでかき集めているようでした。
 
 想像してください。「気持ち悪い何かが、たくさん集まってくる」様子を。それも、ホウキでかき集めるほどの量です。私は背筋が凍る思いで、二人の会話に耳をそばだてていました。
 
 夕方になり、姉妹は家に帰っていったのでしょう。隣室はすっかり静かになりました。
 
 私は意を決して、ドアを開けました。すると玄関前に、2匹ほどの虫が這いつくばっていました。体調は1・5センチほど。くすんだ茶色に不気味な白い斑点、特徴のある縁取り。その背中はまるで、いつかどこかで見た、不気味な仮面のようです。「確かに気持ち悪い」と思ってしまいました。
 
2匹しかいなかったのは恐らく、姉妹が気を利かせて、こちらの分も掃いてくれたからでしょう。またそのうち、たくさん集まってくるに違いありませんでした。
 
 一体、この虫は何なのか。私は携帯電話を開き、Google検索をかけて、その虫の正体を調べました。それは「クサギカメムシ」というのだと分かりました。
 
そうです。誰もが知る、嫌われ者のあの虫です。洗濯物にくっついて、知らぬ間に家の中に入ってきたりする、あれです。お恥ずかしい話ですが、東京暮らしの長い私は、この瞬間まで、カメムシという生き物がこの世に存在することを知らなかったのです。
 
 「冬場、暖かい家の中に侵入してくる不快害虫」
 「刺激を受けると強烈な臭いを発する」
 「2ミリの隙間があれば、中に入ってくる」
 
 調べれば調べるほど、厄介な生き物だということが分かりました。
 
 カメムシには、普通の殺虫剤は使わないほうがよいとされています。噴霧している最中に臭いにおいを発するので、「ジェット噴射で一撃」「瞬間凍結」といった方法で駆除するのがベストだそうです(ガムテープで駆除、というのもありますが、そんな勇気はありません)。私はすぐに、ホームセンターへと車を走らせました。
 
 翌日から、玄関前に集まってくるカメムシの数は10匹、20匹と少しずつ増えていきました。怖くなった私は、作戦を練りました。
 
 ネット情報によると、「カメムシは早朝、もっとも動きが鈍くなる」というので、毎朝6時にカメムシを掃き集めて駆除し、玄関周辺に大量の忌避剤をスプレーしてから、仕事に向かいました。
 
 さらに、室内への新入を防ぐため、全ての窓枠と空気孔を内側からガムテープでふさぎました。換気ができなくなってしまいますが、仕方がありません。
 
 でも、ここまでしても、不安は消えませんでした。
 
室内で、ブーンと音を立てて飛び回る虫を発見すると、恐怖で眠れませんでした。夜中にふとカメムシの臭いがしたような気がして、飛び起きたこともあります。カーテンの裏にカメムシらしき影を発見し、スプレーを吹きかけたら、ただの黒いシミだった、ということもありました。
 
 私は、カメムシ恐怖症ともいうべき病にとりつかれていたのです。食欲も、なくなっていました。
 
 「そんなに痩せちゃって、大丈夫なの?」
 
あるとき、東京から慰労に来てくれた友人に同情され、ことの深刻さに気付いた私は、ようやく引っ越しを決意しました。会社に頼み込んで市街地に住まいを確保し、12月上旬に安アパートから脱出したのでした。
 
 ここまでが、私の恐怖体験です。
 
鋭い方はお気付きになられたかもしれません。理由はわかりませんが、カメムシは、アパートの中まではほとんど入ってこなかったのです。後日、親しくなった地元の人たちから話を聞いて、山間部に住む人々がいかにカメムシと共存しているのかを知り、自分が恥ずかしくなりました。
 
加えて言うと、カメムシには「隔年性」があり、発生の多い「表年」と少ない「裏年」があるとされ、2011年は「裏年」でした。つまり、全体数としても、そこまでではなかったのです。
 
 東京から突如、林の中に引っ越した私は、カメムシについて、自然について、知らなさすぎました。当時はまだ、近くに相談できる友人もいませんでした。無知からくる恐怖が、妄想を増大させていたのです。
 
 これ、つい最近起きたある現象に似ていませんか?
 
 そうです。新型コロナウイルスの感染拡大が始まった当初の私たちの心理状態です。得体の知れないウイルスの侵入が怖くて、何度も手を洗い、除菌剤を塗りたくる。人との関係を遮断して家に閉じこもる。電車の中で誰かが咳でもしようものなら、一斉ににらみつけ、排除しようとする……。
 
 もともと不安になりがちな性格で、コロナ禍でもパニックに陥りそうになった私は、カメムシの恐怖体験を思い出し、幸いにも落ち着きを取り戻すことができました。
 
「得体の知れない何か」に恐怖を感じたら、相手を知る、理解する努力をするべし。正体が分からなくても、勝手に想像したり、妄想を膨らませたりしない。このことは、人間関係にも当てはまるかもしれません。
 
カメムシが教えてくれた教訓です。

 
 
 
 
***
 
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2024-10-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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