7年間、絶体的味方だった相棒が鮮やかに散った日
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:パナ子(ライティング・ゼミ9月コース)
その日は突然やってきた。
7年もの間、病める時も健やかなる時も、ずっと私と子供たちを見守ってきた相棒が死んだ。昨日まではそんな風に見えなかったのに……。
次男5才の運動会当日。
そういえば電動自転車のバッテリーが残り少なくなっていたよなと思い出し、早朝の駐輪場に行った。今日も後ろのシートに5才を乗せて幼稚園に向かう予定なのだ。バッテリーを自転車から取り外してたっぷり充電しておきたい。
ん? まだ朝日が昇り始めたばかりのぼんやりとした明るさの中でやたらと主張してくる点滅ランプがあった。私の相棒こと、電動自転車のバッテリーだった。
いつも、ハンドルについているスイッチで残りの充電が何パーセントかを確認するのだが、実はサドル下に位置しているバッテリー自体にも確認できるランプがある。ボタンを押せばその光るランプの数で「あと、これくらいは走れるよ?」と教えてくれるのだ。しかし、それはあくまでこちらがボタンを押した時だけであって、バッテリーの方から何か物申すということはない。寡黙なやつなのだ。
そのバッテリーが今日はパチンコのフィーバーみたいな派手な点滅を何度も何度も繰り返している。いつもと違い過ぎる様子に思わず私は駆け寄った。
一体、どうしたんだ……!
こんなに激しく点滅なんかして。具合でも悪いのか? ちょっと待ってろよ、今家に連れて帰るからな。
私は、黒くて重い弁当箱みたいな彼を連れて帰り、充電器の上に置いた。しかし、その派手な点滅は一向に止むことをしない。嫌な予感しかなかった。
結局2時間ほど充電を試みるも、自転車にセットしてみてわかったのは、充電前の8%で今日を乗り切るしかないということだった。家と幼稚園の往復で3.4km。果たして無事に帰ってこれるだろうか。電動自転車はバッテリーの他にもモーターなどを搭載しているため、通常の自転車よりもだいぶん重い。もし、途中で完全にバッテリーが切れてしまったら、子供を乗せたまま鉛のように重い自転車を漕いで帰ってくるのは至難の業だろう。
どうか、もってくれ。
祈るような気持ちで出発した。
出逢いは長男がまだ1才の時だった。今から7年前のことだ。
通う保育園が決まり、新しくできたママ友に電動自転車での送迎がいかに楽かを熱弁され、次の日曜に早速自転車屋さんを訪れた。
初めて試乗した時、驚きで私は「キャッ!」と悲鳴にも似た声を上げた。少しの力で漕ぎ出した瞬間、まるで後ろから誰かにグンッと押されたみたいにスピードが出たのだ。速い! 想像以上のスピードに少し恐怖も覚えたが、慣れてくればとても気持ちがよかった。艶消しのマッドな黒がご自慢のボディにまたがり、帰宅する。川沿いを走りながら二人は風になった。この日を境に電動自転車は、私の子育てと切っても切り離せない相棒となるのである。
イヤイヤ期の長かった長男が、前に取り付けたシートから脱出を試みて危ない目に遭った時も、仕事と育児のうまくいかなすぎる両立に疲れ果てた時も一緒だった。
お迎え前に立ち寄った公園で半べそをかきながら、コンビニで買った甘いものを食べて一休みしている私を、何も言わずに黙って待っていてくれたのだ。
次男が生まれてシートは前後になり、あの頃二人合わせて20キロは超える重さを乗せることになった。私は仕事を辞め、彼らは幼稚園に通うことになり、今まで以上に公園やプールや図書館などへ自転車で動き回ることが増えた。重たくなっても、距離が伸びても、電動自転車はいつも軽々と私たち親子を乗せて走ってくれた。それはやはりバッテリーが元気に頑張ってくれていたからだ。
子育ては楽しい時ばかりではない。
一時不登校になった長男をフォローするため、私が毎日自転車で小学校まで送迎していた時のことだ。後ろのシートには次男が座っている。朝、父と揉めた長男は明らかにプリプリと怒って通学路を蹴るように歩く。「何が一番いやだった?」と尋ねると目にうっすら涙をためた。自転車を道路の脇に止めて声を掛ける。
「ねえ今なら誰もいないよ。抱っこしよっか?」
少しかがんで息子をギュッと抱き締める私の目の先にあったものは、やはりバッテリーだった。
子育てのいい時も悪い時も、相棒は全てを見守ってきてくれた。
その相棒が今まさに事切れようとしている。もしかしたら相棒は、夫よりも、仲の良いママ友よりも、私が孤独に戦ってきた場面場面を詳細に覚えていてくれるのかもしれない。そう思うと何だか泣けてきた。
幼稚園最後の運動会、次男はかけっこでぶっちぎりの一位に輝いた。駐輪場で待っていてくれる相棒には後で教えなきゃ。そんな事を思いながら私は心ゆくまで運動会を楽しみ、我が子や小さいお友達に熱き声援を送った。
全ての競技が終わり、駐輪場に向かう。相変わらずドシッと安心感のある姿で私たちを迎えてくれた。さあ家に帰ろう。乗って数分が経過した時、充電の表示が0%になってしまった。ゼロの文字が手元のスイッチの中で点滅している。あぁもう終わりなんだね、そう思ったがゼロをチカチカさせながらも相棒はいつも通りの軽快な走りを見せてくれている。もしかして、私たち親子を無事帰宅させるように頑張ってくれているのかい? 完全に相棒が止まる前に家に帰り着きたい。私は必死に漕いだ。あの日、一緒に風になった日を思い出しながら一生懸命漕いだ。
家にちょうど帰り着いた頃、相棒は重くなり、もう本当に最後なのだということを理解した。
ありがとう。
今までずっと近くで見守り、支えてくれてありがとう。
2才で入園した次男の最後の運動会、一緒に行けて本当によかった。頂いた金メダルを首から自慢気に下げる次男を後ろに乗せる日が、最後でよかった。君がいたから、どんな日でも乗り越えてこれたよ。私は相棒に心からの感謝を贈った。
こうして7年間濃密に付き添ってくれた相棒は、鮮やかに散った。
一見、何の変哲のない毎日でも、振り返ればそこにはたくさんのドラマがある。子供と一緒に成長して進む日々は、もう二度と戻れない記念日の連続だ。これからの時間も悔いのないよう子供たちと全力で楽しむよ。それが相棒に支えてもらった私ができることだ。
***
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