メディアグランプリ

テーブルの片隅で絶望を叫ぶ


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記事:うさごろう(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
「最も崇高な芸術とは、人を幸せにすることだ」
 
この言葉は、二百年以上前のアメリカのある興行師の名言なのだが、
私にとっては、壁にぶち当たった時キーワードになってくれたありがたい言葉でもある。
 
芸術と言われると、絵画、舞台、演劇、舞踊、小説、人そのもの、料理、などなど、色々思い浮かべることができるのだが、得体が知れないものには、より興味が湧いてしまったりするものではないだろうか。
 
私には、奇妙な名前のパスタを出す行きつけの店があるのだが、たまに運がいいとその店の客全員が同じパスタを食べている光景が見られたりもして壮観なのである。
 
イタリアの定番料理といわれるそのパスタは、絶望という名前からは材料も、味も想像がつかないが、どうやら貧困で絶望的な状況でも、オリーブ油とニンニクと唐辛子があれば何とかなるという由来があるらしい。
 
いつも店へ向かうまでのエレベーターの中からは、ニンニクの良い香りが食欲をそそり
店にはいると快活な様子で多国籍の店員さんが迎えてくれる。
そんな、よくありそうな人気店なのだが、あくる日いつものように来店すると
「こちらへどうぞ!」 と言って店員さんが案内してくれたのは
 
小人がやっと座れるくらいの狭いテーブルの片隅であった。
 
身体を細くしながら、ソファ席じゃなくて残念だな、と思っていると、あとからもう一人の客が入ってきた。
 
すると店員さんは「ごめんなさいね、ここで」
と謝りながらソファ席を案内した。
 
どうやら、私が座っているテーブルの片隅は、自信をもって案内できるレギュラー席らしい。
それでも、ソファの方がよかったな。
とぼやいているうちに、ある記憶がよみがえってきた。
 
「もしやこれは仕返し?」
被害妄想みたいなおかしな思考になっている様にみえて、意外と私には心当たりがあった。
 
前回食べに来た時のこと。
その頃、パスタの美味しさを自宅でも再現したくて何度か作ってみたものの、私の作るパスタはお店のパスタの足元にも及ばなかった。
それなので、謎の美味しさを追求するべく、半ば探偵の様な気持ちで食べるのが楽しみの一つとなっていた。
ところが、前回のその日は、謎の美味しさそのものが見当たらなかった。私でも頑張ればぎりぎり手が届きそうなくらい、何か足りない味になっていた。
 
老舗のこの店は、今までコックさんが変わって味が変わったことはあれど、その濃厚な味わいが変わらることはなかったのに、その濃厚さも薄れているような気がした。
 
居てもいられなくなった私は、いつも会計のとき「美味しかった?」 と聞いてくれる愛想の良い店員さんの問いに対して
「味薄くなりました?」と問うてしまったのだ。
 
こんなことを言うと……
「うわ、絶対いや。私が店員さんの立場だったら」
とうちの子供たちの声が、ありありと聞こえてくるのだが
 
そのときの私は、あの味をもう一度味わいたい、という勝手な希望と
現在はもうない近所の支店で、かつて店主であろう方が語ってくださった、パスタにかける熱い情熱が思い出され、なんだか妙な客となってしまったのである。
 
そういえば、あの時、いつも笑顔の店員さんの顔が一瞬曇った。その様子からしてその質問はタブーだったに違いない。だから私は今こうしてこのテーブルの片隅に追いやられているのだ。と、まるで流行りのヒス構文みたいな思考を巡らせ……
 
私はイタリア人でもないのにパスタを前に絶望していた。お腹もすいていたし、この片隅という場所が、なんだか絶望的な気分をさらに盛り上げ、初めてこの店に来たときのことなんかを思い出し始めていた。
 
職場でも美味しいと持ちきりだったここのパスタを食べてみたくて、すでに常連だった先輩に連れてきてもらったのが始まりで
当時は、行くと必ず職場の誰かが食べているような人気っぷりだった。
ただ、職場にとってはこのパスタは不都合な点があり、ニンニクがふんだんに使用されているため、食後はどうしても臭いが残り易く、接客にも影響が出るのだ。
そんな理由から「行くのは1日に1人!」 という独自のルールがしかれた。
そのくらい、このパスタがみんなの心を掴んでいる証でもあった。
 
そんなことを思い出しながら、うなだれた私の前に、お待たせしました~とカジュアルにパスタが運ばれてきた。
 
さほど期待もせずに、一口食べて驚いた。
懐かしい風味とコクが広がっていたからである。
 
もう、ソファだろうが、テーブルの隅だろうがどちらでもよくなっていた。
なんなら、次もテーブルの隅っこでも構わない。
 
なぜなら、この日のパスタは紛れもなく私にとっての崇高な芸術作品だったからである。
 
 
 
 

***

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2024-10-17 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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