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大きな栗の木の下に、栗はなくとも、息子も共に居なくとも


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:むぅのすけ(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
ない! 
どこを探しても、一つもない!
こんなに栗の木があって、こんなに毬栗もたくさん落ちているのに、肝心の栗の実が全くない。
トゲトゲの毬栗たちは全て空っぽなのだ。
 
こんなこと、あるの?
前は、あんなにあったのに……
私は信じられなかった。
 
 
 
我が家の恒例行事の一つに、秋の味覚狩りがある。
自宅から車で一時間程のところに、一年中、味覚狩りを楽しめる場所があって、我が家は息子が幼い時から、年に一度は訪れていた。

多い年は季節を変えて数回行くこともあったが、必ずと言っていいほど外さなかったのは、秋である。
秋、といえば、味覚の秋。
だから味覚を獲りに行こう! という安易な考えで訪れた場所にまんまとハマって、いつしか恒例行事になっていた。
 
 
今年、栗拾いは久しぶりだった。
前に来たときは、いーっぱい落ちていた。
だからと言って、手当たり次第に拾いまくってはいけない。
 
『栗拾い』の価格は、100gあたりで決まっている。
一個あたりではないのだ。
拾った栗の重さで支払う金額が決まるのだから、あの時は、できるだけ大きくて立派な栗を厳選しまくっていた。
 
素人の私は、大きい方が美味しい! と思い込んでいたし、手当たり次第にいっぱい拾ってしまうと、生産者のお兄さんから計量後に告げられる金額に、目ん玉が飛び出るのではないかと、勝手に恐れてしまったからだ。
 
だから、喜んで拾いまくっているまだ幼かった息子を相手に、良い栗を厳選する極意のようなものを、エラそうに説いたりしていた。
もちろん、全て自己流である。
 
だがしかし、である。
最終的には、厳選したつもりでも、想定したより数倍の数になってしまった。
 
だって、キレイに見える栗はいっぱい落ちているし、私のテキトーな極意のようなものではとても選びきれなかったのだ。
それに、なぜかその時間に栗拾いに来ていた人はほとんどいなかったことで、我が家の貸し切り状態になってしまっていたことも、拍車をかけた理由だったかもしれない。
 
拾っているうちに、私の脳裏には美味しそうな栗のメニューが次々と浮かんでくる。
 
 
まず、茹で栗でしょ。
生栗本来の味を堪能するには、やっぱりアレが一番じゃないかしら!
皮をむくのは大変だから、二つに割って、スプーンですくって思いっきり食べたいな。
 
それと、栗ご飯は外せないよね。
ほんのり香るお出汁と栗の風味、ちょっぴりの塩気がまた栗の甘みを感じさせるのよー。
お菓子や果物とは違う甘みを、ご飯で味わえるっていう、なんだか特別な一品だもの。
 
そうそう、甘露煮とかはどう?
ちょっと気が早いけど、手作り甘露煮なんて……お正月のおせちに添えたら素敵じゃない? そんなの出来たら、もしかして私スゴイかも!
 
うわ! 栗ジャムっていうのもあるらしいよね。
ホントに作れたら、すっごーく贅沢なカンジ! 私にできるかなー、あ、でもでも栗が沢山あれば失敗しても作り直せるんじゃない?
 
 
なんて
私が作れるのは栗ご飯までのはずが、だんだんと今ある現実から、まるでファンタジーのように、自分のキャパを度外視して脳内が浮かれ始めていたのだ。
 
だから私は、目ん玉が飛び出る金額を告げられても払ってみせる、使い切ってみせるのだ! という謎の覚悟を決めた。
「母ちゃんは、栗料理をいっぱい作る!」
その勢いで、家族には謎の宣言をした。
そして、家族で拾い集めた相当数の栗を持って受付の生産者のお兄さんの元へ向かったのだった。
 
 
お兄さんは、計量時に一つ一つの栗を確認しながら選り分けつつ、優しく説明してくれた。
私があれだけエラそうに、自己流の極意なるものを説いて厳選したつもりの栗の多くが、実は虫に食われていたり、中身が育ってなかったりで、持ち帰るには不十分と判断されたのだ。
 
減ってしまった分は、あらかじめ受付に用意されている良い栗を補充してもらえるシステムになっていた。
我が家の栗は、哀れなことに、ほぼ半分以下になっている。
 
でもそれを見て、私は我に返った。
ファンタジーに浮かれた脳内から冷静に戻って判断した私は、お兄さんに栗の補充を断って代金を払った。
そして家族に謝り、茹で栗と栗ご飯の分だけ、少し多め程度を持ち帰ることにしたのだった。
 
帰宅後は家族で栗の皮むきに格闘しながらも、みんなで舌鼓を打った。
今思えば、自己流の栗の厳選術の極意だなんて、めちゃくちゃな価値観の押し付けにあたるかもしれないし、とにかく他人様に聞かれていたとしたら、恥ずかしいことこの上ない。
私の脳内浮かれファンタジーも、今もよくあることだがやっぱり恥ずかしい。
でも、全ては息子が幼かった頃のことだ。
楽しかった家族の思い出である。
 
 
 
毎年のように訪れてはいたが、気づけば芋ほりがメインで、栗の季節に間に合わないことが続いていた。
よくよく思い返すと、栗拾いに来たのは約10年ぶりだ。
どうりで、記憶の息子も幼かったはずである。
今年は栗の実が全然なくって、ショックのあまりに落ち込みそうになりかけたが、そのことを思い出して、ちょっと可笑しくなった。
 
栗を探して下ばかり見ていた私は、ふと何かが頭上で光った気がした。
見上げてみると
栗の木から太陽が差し、木漏れ日となった光と、秋らしく澄んだ青空がとても美しかった。
私がこれまで見たことのない美しさだ。
もう私は、栗を入れるポリ袋がいつまでも空っぽのことなど、どうでもよくなってしまっていた。
 
 
大学生になった息子は、もう一緒に味覚狩りに来ることはない。
彼は彼で頑張って過ごしているようだから、それで十分だと思っている。
それでも私が味覚狩りがしたいと望んだら、付き合ってくれる夫に感謝である。
 
私の久しぶりの栗拾いは、全く栗を見つけられなかった。
今年は夏に暑すぎたせいか、その時期に狩れる野菜が減ってしまったそうだ。
だから、普段はあまり人気のない栗拾いにも数倍の人出があったらしい、と後になって知った。
つまり、出遅れてしまったのだ。
残念ではあるが、なんだかそれでも、行って良かった。
 
大きな栗の木の下から見上げた時の衝撃と、改めて思い出した10年前の記憶と現在の家族の様子は、今の私にとって、栗の味覚以上の感動をもたらしてくれた気がしている。
 
 
 
 
***

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2024-10-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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