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私たちはどこで間違えたのか 「初めての子連れ登山」その一部始終


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記事:AKIYO(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 

山を甘く見ていた。
 
今からちょうど4年前の秋、長男が4歳になったばかりの時のことだ。若い頃、ほんの少しだけ登山をかじったことのある私と夫は、「そろそろ子どもを連れて、山に登ってみよう」と考えた。
 
「子連れ初登山」に選んだのは、東京・奥多摩の大岳山。標高は1266メートルとそう高くはないが、大人でもそれなりに登りごたえのある、登山の世界では「健脚向け」と言われる山だ。
 
その上、夫からルート選びを任された私が思い付いたのは、大岳山の山頂から更に二つの山を縦走する、大人の足でも6時間以上かかるコースだった。
 
子連れ登山をしたことのある人なら、「4歳児にはまだ早い」と言うだろう。私たちは、なぜか「自分たちなら登れる」と思っていた。一般に、子連れ登山は、標準コースタイムの2倍近くかかるとされる。その常識さえ、持ち合わせていなかった。
 
11月3日。この日は朝からよく晴れていた。ケーブルカー乗り場には、長い列ができていた。小学校低学年と見られる子連れの家族の姿もちらほらあって、ちょっぴり心強く感じたことを覚えている。
 
大岳山は、とても楽しい山だ。子どもたちの大好きなアスレチックのような岩場があって、ほどよくハラハラする鎖場もある。子どもは不思議な生き物で、楽しさが苦しさを上回ると、とんでもない力を発揮する。
 
すれ違う大人たちに「小さいのにすごいねえ」と褒められ、気をよくした長男は、途中からピッチを上げ、両親が息を切らすほどのペースでぐいぐい登っていった。
 
正午過ぎ。予定時刻よりやや遅れて山頂に立った。バーナーでお湯を沸かし、カップラーメンを作った。山頂で食べるラーメンは格別だった。
 
ここで満足して、もと来た道を下っていれば、余裕を持って下山できていたはずだ。後から考えれば、実はほとんどの登山客が、そうしていた。だが、私の頭の中にあったのは、ガイドブックで「美しい」と紹介されていた、この先の尾根(山頂と山頂を結ぶ長い道)だった。「この先を見たい、この子に見せてやりたい」という気持ちがはやり、突き進んでしまったのだ。
 
どこまでも続く尾根。紅葉した木々の間から、秋らしいオレンジ色の光が差し込んでくる。落ち葉をすくって投げ合ったり、面白い形をした木に抱きついてみたり。子どもと一緒の山歩きは楽しくて、「ここまで来てよかった」と、心から思った。夫が気になることを言い始めるまでは……。
 
「なんか、全然ゴールが見えないね」
 
そういえば、既に6時間以上歩いているのに、一向に下りにさしかかる気配がない。地図を開くと、長い尾根の半分もきていないように見える。私はさすがに不安になってきた。
 
向こうから、女性の二人組が歩いてきた。「この先を下るんですか? 途中で真っ暗になっちゃいますよね」。一人がちらっと長男に目をやり、心配そうに言った。
 
もしかして私は、とんでもない失敗をしでかしてしまったのだろうか……。でも、そうはいっても、ここまできたら先を急ぐしかない。長男を心配させないように(というより不安を悟られないようにするために)、歌を歌ったり、しりとりをしたりしながら、ひたすら歩みを進めた。
 
長い縦走を終え、下りにさしかかる頃には、すっかり日が落ちていた。「下り」といっても、かなりのアップダウンがあった。腰の高さほどのある岩をよじ登っては、滑り降りる。手すりにつかまりながら急階段を下りる。その繰り返しだった。
 
夜の山の暗さは、想像をはるかに超えていた。私が安全を確認しながら先を歩き、夫が長男を手助けしながら後に続いた。途中、切れ落ちた細い道が何カ所もあった。足元の崖の下がどうなっているのか、暗くて見当も付かなかった。二人と距離が開き、姿が見えなくなると、滑落しているのではないかと心配になり、大声で名前を呼んだ。
 
「4歳子連れの無謀な登山。遭難したら、SNSで、そうたたかれるに違いない」。そんなことを考えている自分が情けなかった。心の中で、天国の祖母に何度も祈った。「おばあちゃん、私たちを守って……」
 
救いだったのは、この日が満月に近く、暗い中にもわずかな白さがあったこと。そして、長男が一言も愚痴を吐かなかったことだ。未就学児が早朝から昼寝もせず、10時間以上歩き続けているのだから、「もう歩けない」と泣き始めてもおかしくなかった。だが長男は、しっかりとした足取りで歩みを進め、時々元気な声で私を励ましてくれた。一体、4歳児のどこに、あんな力が残っていたのだろう。
 
最終ポイントである神社の鳥居が目の前に現れた時は、心底「助かった」と思った。街へと続く舗装道路を下りながら、満天の星を見上げ、生きていることの喜びを実感した。
 
 
間もなく、山に雪が降り始める。それに伴って増えるのが、高齢ハイカーの遭難事故だ。SNS上では、同情のコメントに混じって、「他人に迷惑をかけてまで登りたいのか」という非難のコメントが飛び交う。とても他人事とは思えない。
 
自分たちは大丈夫だという「過信」と、この先の世界をどうしても見てみたいという「欲」。この二つが、判断を誤らせる。私たちはこの日の経験で、そのことを、身をもって学んだ。
 
4歳で12時間に及ぶ山行に耐えた長男は、小学生になり、すっかり山好きに育った。あれだけ恐ろしい経験をして、それでも私たちと一緒に山に登り続けるのは、山にそれだけの魅力があるからだろう。
 
私は折に触れ、長男とあの日のことを語り合い、思い出す。山の怖さ、自然の怖さを。「山では謙虚でなくてはいけない」。長男と自分自身に、そう言い聞かせる。

 
 
 
 
***
 
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2024-10-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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