「結婚は無理」と言われた悔しさが、「幸せへの道」を切り拓いた
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記事:内山遼太(ライティング・ゼミ9月コース)
「お前もいい加減、誰か見つけないとね……もう、お前の結婚は無理かもしれないって思ってるのよ」。蒸し暑い夏の午後、母のその言葉は冷たい刃のように胸に突き刺さった。弟が結婚することになったという話の後に続いた言葉に、まるで期待していた未来が崩れ落ちるような感覚に襲われた。弟の晴れ舞台で、なぜ兄である自分が傷つかなければならないのか。悔しさが怒りとなって胸を焦がし、受話器を置いた後もしばらく動けなかった。
幼い頃から母は弟を特に可愛がり、社交的で明るい弟に対して、内向的な僕は「陰キャ」として扱われてきた。長男だからといって期待されるのは責任ばかりで、褒められるのはいつも弟だった。家族の会話の中で比較されるたびに「どうせ自分なんて」と思い込むようになり、何かを始めても途中で投げ出してしまう癖がついた。自己評価の低さは大人になっても続き、自分には何をやっても意味がないと感じることが多かった。
その日の母の言葉は、その長年の習慣を揺さぶるものだった。「諦めた」と言われた瞬間、心の奥底で何かが弾けた。このままでは本当に何も変わらない——そう思い立った僕は、まずは体を動かすことから始めることに決めた。ジムに通い始めたのはその翌週のことだ。運動の習慣はこれまでなかったが、体を動かして心を変える必要があると感じたのだ。最初は週に一度、それがやがて平日は毎日30分のトレーニングへと変わり、ジムで汗を流すたびに、長年の劣等感が少しずつ洗い流されていく気がした。
筋肉がつき始めた頃から、自分の体に変化が現れると、目に見える進歩が嬉しかった。体重が減り、服のフィット感が変わり、鏡に映る自分の姿が少しずつ自信を取り戻していくのを感じた。運動を通して得た達成感は、これまで感じたことのない新しい感覚だった。トレーニング後の爽快感は心の中の澱を取り除いてくれるようで、日常の小さなことでも積極的に挑戦しようという意欲が湧いてきた。
それでも、心の中の空虚さは完全には埋まらなかった。体が変わりつつある一方で、人とのつながりが欲しくなっていた。そこで、思い切ってマッチングアプリに登録することにした。自分から積極的に行動を起こしてみるのは初めてのことだった。何度か女性と会う機会があったが、会話がぎこちなく、次に繋がることはほとんどなかった。焦りや不安が心を支配し、「やっぱり自分には向いていないのか」と思いかけたが、もう一度あの言葉を母に言わせるわけにはいかないと思った。何度失敗しても、立ち止まるわけにはいかなかった。
半年が過ぎた頃、ある女性に出会った。名前は美咲。初めて会ったとき、彼女に対してなぜか強い親近感を覚えた。カフェで向かい合って話し始めると、会話は自然と弾み、時間が過ぎるのを忘れるほどだった。美咲もまた、他人と比較される苦しみを経験してきたという。彼女の話を聞くうちに、自分だけが特別に劣等感を抱えているわけではないことを知り、心の重荷が少しずつ軽くなっていった。彼女の言葉には、ただ優しさがあるだけでなく、どこか自分の苦しみを分かってくれるような力強さがあった。
ある日、僕がこれまでの人生で感じてきた挫折や悩みを打ち明けると、美咲は静かに頷き、「君が今まで頑張ってきたことは、無駄じゃないよ。それがあったから、こうして私と出会えたんだから」と微笑んだ。その一言は、自己否定を繰り返してきた僕の心にまっすぐ届き、救われたような気がした。長年の劣等感が音を立てて崩れ落ち、まるで錆びついた錠前が外れるような感覚だった。彼女の言葉があったからこそ、「自分を他人と比べる必要なんてない」という考えが芽生えた。
それ以降、美咲との時間が増えるにつれ、僕の生活には新たな変化が訪れた。彼女と一緒にジムに通い、トレーニングを楽しむことで運動へのモチベーションもさらに高まった。休日にはカフェ巡りをしたり、新しい趣味を見つけたりして、これまでになかった充実感が日常に広がった。「誰と比較されようが、自分は自分だ」という思いが確信に変わり、いつの間にか自分に対する評価も前向きなものになっていた。
先月、ついに僕は美咲を両親に紹介した。母の「諦めた」という言葉を聞いたあの日から、1年以上が経っていた。彼女が笑顔で両親と談笑する姿を見ながら、あの日のことを思い出さずにはいられなかった。もしあの時、「諦めた」と言われなければ、僕は変わることを恐れ続け、人生の迷路から抜け出せていなかったかもしれない。悔しさを原動力に変え、進むべき道を見つけたからこそ、こうして大切な人と出会うことができたのだ。
帰り際、父がぽつりと「お前も頑張ったんだな」と呟いた。短い言葉だったが、その一言にはこれまでの僕の努力を認めてくれる温かさがあった。僕は微笑みを返し、未来へと視線を向けた。そこには新たな目標や希望があり、これまでとは違う道が続いているように思えた。それは、これまでの自分への答えであり、新たな人生の始まりでもあった。
美咲との出会いは、僕にとって単なる恋愛以上の意味を持っていた。彼女と共に過ごす時間が増える中で、過去に囚われずに生きることの大切さを学んだ。悔しさや劣等感が原動力となり、新しい自分を見つけるきっかけを与えてくれたのだ。
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