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「右腕」への投資をケチったら、通販詐欺に遭った話


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:AKIYO(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 

「PayPayのアカウント情報を送ってください。返金してほしければ、それしかありません」
 
スマートフォンに表示された怪しい日本語を読んで、確信した。私は生まれて初めて、通販詐欺に引っかかったのだ。
 
あの日の夜、私は焦っていた。
 
書道展の作品の提出期限が、2週間後に迫っている。趣味で書道をたしなむ私にとって、年に一度の腕試しの場だ。にもかかわらず、まだ納得のいく文字が書けていない。
 
次の週末は家族旅行でつぶれてしまうから、これから何枚か練習して、今週末で完成させるしかない。
 
残業で疲れ切った体に鞭を打ち、硯(すずり)に水を入れて、墨を磨る。シュッ、シュッ、シュッ……。墨液は、なかなか濃くならない。
 
さらに磨る。墨液は、まだまだ濃くならない。
 
小一時間、磨り続けたところで、何とか作品が書けそうな濃さになった。だが、待てよ。仕上げなくてはならないのは、自分の背丈ほどの長さの和紙に全48文字をつづる、大型作品だ。たったこれだけの墨液では、1、2枚書くだけでなくなってしまう。
 
既に時計は午後10時を回っている。明日も仕事だし、あまり遅くまで作業はできない。今日は墨を擦るだけで終わってしまうだろう。それでも墨液の量は、大型作品を仕上げるにはまだまだまだ不十分だ。
 
私は考えた。もう、あれを手に入れるしかないのではないか……。
 
「あれ」というのは、自動で墨を磨ってくれるマシンのことだ。
 
世の中には書道の愛好家がたくさんいて、皆、年に何回かの作品展で、しのぎを削る。たくさんの作品の中で目を引くのは、やはり大型の作品だ。だが大型作品を書くためには、どうしたって乗り越えなければならない試練がある。
 
それが、気の遠くなるような「墨磨り」だ。丹念に固形墨を磨って作品を書くと、市販の墨汁を使って書いた作品にはない深い味わいが生まれるのだ。
 
書道界には、80代、90代になってもなお現役で、力強い作品を書く先生方も多くいらっしゃる。だが、そうした高名なる先生方にとっても、墨磨りは頭痛の種だ。
 
年齢を重ね、腕の力が弱まってくると、墨磨りに時間がかかる。「墨の磨り過ぎで腱鞘炎になり、作品が書けなくなった」などという笑えない話も聞くほどだ。
 
電動の墨磨りマシンは、こうした生真面目な書道愛好家たちのストレスを解消してくれる。書道愛好家にとっては文字通り、頼れる「右腕」のような存在なのである。
 
ただ、いかんせん、値段が高い。高品質の墨磨りマシンになると、定価が7~8万円もする。比較的安価な墨磨りマシンもあるが、墨液の粒子が粗く、作品の仕上がりが落ちるとも言われる。痛し痒しだ。
 
私は、握りしめていた墨をスマホに持ち替え、墨磨りマシン検索を開始した。
 
探してみると確かに、大手通販サイトにも、フリマサイトにも、商品はあった。安価なマシンはごろごろある。だが、高品質なマシンは中古品でも定価より1万円程度しか安くなっていない。こんなものを探すのは、生真面目な書道愛好家と決まっているから、出品する側もそう簡単に値下げをしないわけだ。
 
うーん、どうしよう。年に何度も使うわけじゃないのだから、安物で済ませておくべきか。とはいえ書道を続ける限り使うのだから、多少の出費は良しとするか。あーでもない、こーでもないと悩んでいるうちに、時計の針は深夜の零時を回っていた。
 
と、その時だ。目の前にすごいものが飛び込んできた。
 
探していた高品質な墨磨りマシンの中古品が、定価の5分の1ほどの値で売られていた。詳細は記されていないが、写真で見る限り、そこまで劣化は進んでいないようだ。全く聞いたことのない通販サイトだけれど、「ニッチな市場を攻めているから、メジャーにならないのだろう」と自分を納得させた。
 
私はすぐさまその商品をクリックし、案内されたページに飛んだ。さっさと会員登録を済ませ、購入ボタンを押した。間もなく、振込先口座番号を記したメールが届いた。入金確認後、2日以内に商品を送ってくれるらしい。
 
よし。いよいよ、墨磨りマシンが手に入る。これで、好きなだけ書けるぞ。墨磨りマシンが働いてくれている間は、お茶でもしながらゆったり待っていればいい……。
 
この先は、読者の皆さんのご想像通りだ。
 
お目当ての商品は、入金から2日経っても、1週間経っても、届かなかった。催促のメールを送ると、翌日、先方から返信があった。
 
「一時的に商品が品切れになっています。返金をご希望の方は、PayPayで返金しますので、下記のQRコードからLINEで友達申請をお願いします」
 
返金をご希望の方は、だと……? さすがにそれはおかしいだろう。まともな業者なら、丁重にお詫びをして、即座に返金手続きに入るところだ。
 
私はここにきて初めて、詐欺を疑った。サイト上に掲載されている「運営会社」に電話をかけると、電話口の向こうにいる女性がため息をついた。「私たちも、社名を勝手にかたられて、迷惑してるんです」
 
LINEで“友達”になった詐欺師は、しつこく「PayPayのアカウント情報を送らないと、返金できません」と言ってきた。文中から、敬語が完全に消えていた。
 
このままやり取りを続けたら、PayPayを悪用した二次被害に遭ってしまう恐れがある。私は泣く泣く返金を諦め、警察に通報した。もちろん、通報は気休めにしかならなかったけれど。
 
その後、私は大手フリマサイトで、そこそこの値段を支払って高品質な墨磨りマシンを購入し、追い込みで作品を仕上げた。マシンが「右腕」となって働いてくれたことで、作業効率が格段に高まった。詐欺師にだまされている間に、1週間分の練習時間をロスしてしまったことだけが、ただただ悔やまれた。
 
私は学んだ。「右腕」への投資をケチってはいけない。何しろ右腕というのは、私たちの時間を生み出してくれる、体力を温存させてくれる、仕事の質を高めてくれる、つまり、ボスの全てを補ってくれる頼れる存在なのだから。こんなにも重要なところでケチったら、しっぺ返しを食らうことになる。
 
よし、こうなったら来年も再来年も、この右腕に働いてもらって、良い作品を書くぞ。末永く、付き合ってもらおう。

 
 
 
 
***
 
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2024-11-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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