建築家が始めた暖炉とシャンパンの二つの物語
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記事:片山勢津子(ライティング・ゼミ9月コース)
「片山さん!」という声に、立ち止まった。
それは、久々に出かけたフランスから大阪への直行便エアーフランスでのこと。長いフライトで、身体をほぐそうと立ち上がったばかりだったが、驚いて声の主を探した。振り返ると、神戸の建築家K氏の笑顔があった。
彼とは10年前、パリデザインウィークで初めて出会った仲である。お互いフランス好きとはいえ、飛行機の中で会うとは奇遇である。
彼は、並んで座っていた若い女性二人を紹介してくれた。一人は事務所の方、もう一人は去年、も会ったフランス女性のエミリンだった。
「なぜ、フランスに?」と、尋ねたいことは山程あったけれども、ここは照明を落とした機内である。寝ている人を起こしてはいけないので、軽く挨拶を交わすだけにした。
「また連絡します」と、K氏はいつもの優しい笑顔で応えてくれた。
彼と初めて出会ったパリデザインウィークは、同時期に開催されるインテリアの国際見本市「メゾン&オブジェ」に合わせて、パリの街角で開催されるイベントである。私たちは、ピカソ美術館近くのギャラリーで有志と展示会を行った時に、参加した。そのワークショップの日を二人で担当して、親しくなった。
その後、彼とはしばらく会うことがなかったが、昨年9月、K氏の「メゾン&オブジェ」の報告会を知リ、懐かしくて出かけた。そこで、コロナ禍後のデザインの傾向を聞いた。驚いたのは、彼が今も兵庫県のメンバーとしてパリデザインウィークに参加していること、そして新たにガス暖炉の事業を始めたことだった。
どうしてガス暖房に関わったのか? それが聞きたくて、御堂筋にあるキッチンメーカーのロンチパーティーに参加した。
彼が開発に携わったというガス暖房は、期待以上に素晴らしいものだった。ガス口さえあればどこでもつけられ排気ガスが出ないという、優れものである。興味を惹いたきっかけの方は、何と、ロシアのウクライナ侵攻が関係していた! 2022年に戦争が始まって以来、ヨーロッパのガス代が高騰して、ガス暖炉の製造からイギリスのメーカーが撤退を余儀なくされた。その技術を継承するために、国産での挑戦となった訳だ。
説明が終わってからK氏に挨拶をすると、若い白人女性を紹介された。それが、彼のフランス語教師エミリンだ。聞けば、シャンパーニュ地方出身の学生で、神戸大学の大学院に留学して国内での就職も決まっていたが、コロナ感染症の影響で、内定を取り消されてしまったという。どうしても日本に留まりたいという彼女の希望で、色々手を尽くしているけれども、まだどうなるかわからない……そんな話だった。
先日、ガス暖炉販売1周年記念イベントがあった。今回は、暖炉の話だけでなく、炎を見ながらシャンパンを試飲するという趣向である。エミリンを介してのシャンパンなのだろうか。シャンパン秘話も聞けるというので、友人を誘って参加した。
会場に着くと、去年のような華やかさはないものの和やかな雰囲気が漂っていた。見渡すと、カラフルに着飾ったインテリアコーディネーターの参加は少ない代わりに、K氏やエミリンに挨拶をして語らう人が多い。より親しい人が集まっているのだろう。
初めに、K氏から暖炉の一年間の実績や改良点が説明された。そして、試飲するシャンパンが紹介され、新たなシャンパン事業設立の話があった。
その事業とは、エミリンの日本に留まりたいという希望を叶えようとK氏が共に立ち上げたものだった。新たに始めた日本人の口に合うシャンパンの輸入事業で、クラウドファンディングで出資を募ったらしい。
K氏の次に説明を始めたのは、その出資者だろうか、現地を見学してきたという女性である。9月のシャンパーニュ地方の葡萄畑やワイナリーの様子を、写真を交えながら紹介した。つまり、機内で会ったのは、現地視察からの帰国途中のことだったのだ。
ついで、エミリンがシャンパンについて詳しく説明してくれた。シャンパーニュ地方の葡萄畑にもランクがあり、エミリンのお祖父さんは最高の葡萄が取れるテロワール「グランクリュ」2つのうちの1つ「アイ村」の作り手だった。これは、本物だ!
多くのワイナリーが、大手シャンパンメーカーに葡萄を提供している中で、「アイ村」の個性を正統的に継承しようとする小規模なワイナリー、その一つがエミリンのお家のシャンパン『アンドレ・ロジェ』だった。今回新たに、日本人のための葡萄の畝を設けて、新樽での仕込みを2年前に始めていた。その名も、『Les bulles de AY(アイの泡)』である。
スクリーンには、たわわに実った葡萄や南に傾斜したアイ村の葡萄畑、ワイナリーの新樽の様子が映し出される。その映像に合わせてシャンパンについて語るエミリンの日本語は、ゆっくりとしたちょっと小さな声だが、力強い誇りが感じられ、私たちの心を強く打った。
試飲したシャンパンの味は深かった。葡萄の風味が広がる気品のある味わいは、日本食と合わせたらどんな感じだろう。聞けば、食事会の企画もあるという。
次は、エミリンの話を聞きながらゆっくりとシャンパンを味わいたい。彼女の人生はコロナ禍で大きく変わってしまったが、日本で強く生きていってほしい。
K氏の新規事業……ガス暖炉とシャンパン事業にはロシアのウクライナ侵攻と新型コロナ感染が関係している。この二つの事業を手がけた背景には、単なる商業的な利益追求ではなく、彼の周囲の人々を助けたいという強い思いが窺える。イギリスで開発されたガス暖炉の技術を継承し、エミリンの夢を叶えるために動いた彼の姿勢に、利益を超えた愛を感じ、感銘を受けた。
この二つの事業物語は、ただの起業秘話にとどまらず、世の中の変化に応じて人々を助け、社会に貢献するという仕事の本質を示していると思う。K氏の姿勢に、私たちも大いに学ぶべき点があると感じた。
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