デキる先輩を子ども扱いしたら、
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:あき(ライティング・ゼミ9月コース)
「あのぉ…… 」勇気を出して口を開く。仕事のメドがついて、休憩中のタイミングを見計らってのことだ。
ん? と書類から顔を上げて先輩が目で問いかける。その視線には、話す人の心にそのまま触れるような優しさがある。『後輩の話を聞く時には、一旦手を止めて顔を見てあげましょう』と、どこかに書いてあるアドバイスを実践しているんじゃない。この人はただ、人と丁寧に向き合うことが、自然に身についているのだ。そう思わせる仕草。
そう、先輩は優雅で優しくて、そして仕事がデキる。会議で質問が出れば、まるで準備していたかのように、的確な回答を返し、問題を解決する。先輩がいれば何とかなると皆が思っている。彼女の話し方や聞き方には、清々しい風が吹き抜けるような心地良さがある。内容に関わらず、同じ心地良さがあるのが不思議だ。
こう書くと、あたかも私が先輩に恋心を抱いているかのように誤解されそうだが、そうじゃない。ただただ、とてもステキな人なのだ。
休みの日にわざわざ出勤して、後輩の仕事を自ら申し出て手伝ってくれる先輩。私なら、自分の休みを返上するなんて、ちょっと思いつかない。そんな先輩を持った私は、果報者です!
…… いけない、ぼーっとしてた。言わなきゃ。
「この仕事、後は自分で取り組んでみます」
先輩の目がなぜ? と問いかける。「遠慮しなくていいよ。一緒にやれば、あと3時間くらいで、終わるんじゃない?」
優しくて真面目な先輩。
「いえ、心配な部分は一緒に見ていただけたので、後は大丈夫だと思います。それより、」
と、一息ついた後、一気に言った。
「あの美術館に行ってみませんか? 先輩、行ったことないっておっしゃっていましたよね」
ぽかんとした顔が、私を見ている。
いつも隙のない先輩が、無防備に驚いているのを初めて見て、私の緊張が緩んだ。
「今日早く終わったら(本心は、何が何でも早く終わらせて、だ)、お誘いしようと思って、チケット取ったんです。ほら、2人分」
私が差し出したチケットを手に取り、見つめる先輩。
その顔がみるみるほころんで、笑顔になる。
「ホント? 今日…… 今から? 覚えててくれたの? チケット取るの大変だったんじゃない?」と、モゴモゴ言葉を繋いだ後、少し頬を染めて、
「……嬉しい」
言葉通りの気持ちが伝わる『嬉しい』だった。
その一言で、私の心も一気にウキウキモードになった。デキる先輩が、子どもの瞳になって、喜んでいる。
「あ、じゃあどこかでお昼食べてから行きましょう。私今日車なので、どこでも行けますよ」
自分の声が弾んでいるのがわかる。
ランチプレートのキッシュを切り分ける姿は、いつものクール先輩ではなく、早く給食を食べ終わって、校庭でドッジボールをしたくてうずうずしている小学生を思い出させる。
「本当にありがとう。予想してなかったから、びっくりしてるけど、ホントに嬉しい。覚えててくれてありがとう。楽しみ」と、何度も言ってくれた。
その度に私も笑顔になった。
美術館に足を踏み入れた先輩は、「わあ……」と天井を見上げ、空間を体全体で受け止めるような仕草をした。まるで子どもが宝探しをするように、ただ自分の興味の赴くまま、彫刻から目を離さず360度じっくり眺めたり、スケッチの線を丁寧に目で追ったりと、夢中になっている。「この絵、色がすごく綺麗だね」と微笑みかけ、別の展示へ向かう。ある絵の前でいつまでも動かないと思ったら、いたずらっ子のように笑って私を手招きし、「ほら、あそこの隅にいるカエル、隣に小さいのがいる。親子かな」と言う。
難しいクライアント相手に見せる、冷静で堂々とした姿と、子どものような興奮に満ちた今の姿が同じ人とは思えない。美術館には親子連れの姿が多かったが、いつしか「大きな子どもを連れた母」のような気持ちになっている自分が可笑しい。
働き始めた時から、憧れの先輩だった。だけど、今日は、いつも職場で見ている完璧な先輩の像が崩れて、彼女の本当の顔を垣間見た気がした。ただ仕事がデキるだけじゃない、無邪気な一面を素直に出せる先輩も魅力に溢れている。先輩が子どもみたいに驚いたり喜んだりする姿を見せてくれる瞬間を、もっと見たいと思った。
時間にして1時間ちょっと。名残惜しそうに出口で振り返り、「こんな美術館だったのね、思った通りステキなところだった。今日連れてきてもらって、本当に楽しかった。ありがとう」と、先輩は大人に戻り、丁寧にお礼を述べた。
「私こそ、一緒に来られてよかったです。久しぶりで、大分忘れていました」と返しながら、先輩と雑談した後と同じく、すっきりした感じに包まれるのを確認する。
仕事がデキるという圧倒的な事実のせいで、今まで気づかなかったが、先輩といて感じる心地の良さは、先輩の大人の余裕からくるのではない。そうじゃなくて、素直に物事に反応する無邪気さが、周りを癒し、優しく力づけるのだ。それがわかって、何だか得したような、すごい発見をした気になった。
これからも、時々先輩を子ども扱いしよう。先輩の無邪気な笑顔を引き出すようなサプライズを仕掛けて。動物園はどうだろう? それとも遊園地なんてどうかな。今度はどの仕事を口実にしよう?
そんな風に企む私も、十分に無邪気な顔をしているはずだ。
***
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