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「目の前で突然トイレが取り外される」事件で考えた、コミュニケーションの大切さ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:AKIYO(ライティング・ゼミ9月コース)

 
 

 「今日から最低3日間、トイレとお風呂が使えなくなりますけど、大丈夫ですか」
  
は? うそでしょ? 聞いてないし。
 
土曜の朝9時、マンションにやってきた業者の言葉に、耳を疑った。「寝耳に水」というのはまさにこのことを言うんじゃなかろうか……。
 
 
 私は、1985年に建てられた古いマンションに住んでいる。ヴィンテージ好きの夫がほぼ独断で購入した中古物件だ。確かに重厚感はあるけれど、中身はやはり築40年。老朽化であちこちガタがきている。
 
 我が家の一番の問題は、洗面所まわりの水漏れだ。このマンションは風呂とトイレ、洗面台がワンルームに収められていて、「欧米スタイル」といえば聞こえはいいが、床下の配水管や排水管がちょっぴり面倒な構造になっている。
 
 入居前のリフォームの瑕疵なのか、老朽化のせいなのかは定かでないが、配水管のどこかに水漏れが発生しているのだ。
 
 二番目は、リビングの備え付け冷暖房器具周辺のカビ。このマンションは80年代にちょっぴり流行りかけたセントラルヒーティング(全館暖房)を使用していて、冬場は温水、夏場は冷水を専用パイプで各戸に流し、温風や涼風を送り込むシステムになっている。
 
 この古いシステムのどこかに不具合が生じて、冷暖房器具まわりの床や壁にカビが発生しているのだ。
 
 二つの問題のうち、洗面所の水漏れのほうは、原因の特定が難しく、保険会社との調整も必要でややこしいので、「まずはリビングのカビを何とかしよう」という話になった。
 
 ……と、少なくとも夫からは、そう聞いていた。ひいては「今週末、自分の留守中に業者が来るから、リビングの工事に立ち会ってほしい」と。
 
 1週間、夫婦そろって残業続きで部屋は荒れ放題。それでも、工事の人たちに気持ちよく仕事をしてもらいたいとの思いから、金曜の夜、長男が寝静まったあと、リビングに散乱しているおもちゃやら何やらを片付け、そうじ機をかけた。重い家具を移動させ、当該の床・壁のまわりに作業空間を作った。気付けば深夜1時を回っていた。
 
 ところがだ。やってきた5人の作業員は、リビングには見向きもせず、「これからトイレと風呂を解体する」とのたまう。全く話が違うじゃないか。
 
 私が「リビングじゃないんですか?」と怪訝な顔をしてみせると、一番若くて人当たりの良さそうな茶髪のお兄ちゃんが口を開いた。「僕たちは洗面所の方だと聞いてきました。その前提で、メンバーがそろってます」。他の4人もうなずいている。
 
 「話が違うけど、どうすればいい?」。夫にLINEのメッセージを送るも返信がない。電話を鳴らしても出ない。そういえば、今日は休日出勤で忙しいと話していたっけ。
 
 洗面所のドアの前では、工具を手にした5人が、「早く工事を始めさせてくれ」と言わんばかりの視線を向けてくる。
 
 その圧に押された私は、何だか事情がよく分からないまま、「ではお願いします」と男たちを洗面所に招き入れた。彼らに促され、慌てて、洗面台や戸棚のごちゃごちゃを片付ける。時間がないので、化粧品も、歯ブラシも、夫の育毛剤も、鏡も、時計も、ごちゃ混ぜにビニール袋に詰め込んだ。
 
 やがて、工事は始まった。みるみるうちに、洗面所の床板がはがされていった。そして、取り外されて行き場を失ったトイレが、リビングにやってきた。白い大きな物体が、全くの場違いな空間に置かれ、異様な存在感を放っている。まるで、のどかな田園に突如あらわれた巨大な要塞のようだった。その様子を眺めるうちに、悲しくなってきた。
 
ああ、洗面所を工事するなら、心の準備をしておきたかった。トイレの仮置きスペースだってちゃんと考えておきたかった。そもそも、洗面所工事の時は、しばらくトイレも風呂も使えなくなるから、ホテルに避難するとかそういう話をしてなかったっけ……。
 
 ぼんやりそんなことを考えていると、ピロピロとスマホが鳴った。
 
LINEに夫からメッセージが入っていた。「そんなはずはない。今日はリビングの工事のはず。洗面所は、保険会社との話もまとまってないし、工事されたら困る。二つの工事を統括している仲介会社の社長に電話してみる」。
 
 その後、夫と仲介会社社長との間で、どんなやり取りがあったのか分からない。ただ、この日の工事はあえなく中止となった。
 
 5人の作業員は、納得できないという表情をしながら、せっかくはがした床の代わりに急場しのぎのベニヤ板を張り、せっかく取り外したトイレを元の位置に戻し、何とか使える状態に復帰させて、帰って行った。午後2時を回っていた。
 
 作業員のお兄ちゃんたちこそ、「寝耳に水」だったに違いない。玄関口で彼らを見送りながら、言いようのない空しさがこみ上げた。
 
 
 今回の「寝耳に水」事件。一体、何が原因だったのか。
 
 夕方、帰宅した夫に事情聴取すると、あっけらかんとした返事が返ってきた。「仲介会社の社長とのコミュニケーション不足かな。先方は最初から洗面所の工事をするつもりでいたみたい。こっちは、先にリビングに着手してくれるものだと思い込んでた。よく確認しなかった私のせいかな」
 
 なるほど。夫には申し訳ないが、私は「こいつ、またやらかしてくれたな」と思った。なぜなら、夫には「寝耳に水」事件の“前科”がいくつもあるからだ。
 
 長男の保育園時代。保護者面談に参加した夫の「特に問題なく元気に過ごしてるらしい」という言葉を鵜呑みにしたら、後日保育士さんから、「お父様にはお話しましたが、お子さんは感情を制御できずにお友達に手が出てしまうことがあります。おうちで様子を見てください」と言われた事件。
 
 さらには、咳が出ている長男の通院に付き添った夫の、「医者が言うには何の心配もないらしい」という言葉を鵜呑みにしたら、実は小児喘息だった事件。
 
他にも、細々とした事件を挙げれば切りがない。
 
 夫は根っから、性善説的なものの考え方をする人なのだ。保育園の保護者面談でも、我が子を信じ切っているから、お友達に手が出るというマイナス要素が耳に入ってこない。病院でも、我が子は健康優良児だと信じ切っているから、喘息という言葉が耳に入ってこない。
 
 今回も、自分の希望通りにリビングの工事に着手してもらえるものと信じ切っているから、やり取りの中で、「洗面所の工事」的なワードが耳に入らなかったのだろう。
 
こっちにしてみれば過去最大級の「寝耳に水」事件である。
 
 ただ、教訓も得た。今回は、我が家の一大事なのに私が全て夫任せにしていたのもいけなかった。「あなたの言ってることホント? 本当に大丈夫なの? 今回はリビングの工事だと、先方がはっきり言ったの?」と事前にしっかり確認と念押しをしておくべきだった。夫だけに責任を押しつけてはいけない。
 
 複数の視点で物事を見ることで、先入観による思い込みを防げる。確認や念押しをすることで、「寝耳に水」を予防できる。コミュニケーションの鉄則だ。
 
 それにしても、リビングで「突然取り外されたトイレ」と向き合うなんてもうこりごり。次こそは万全の体制で、工事の日を迎えたい。
 
 
 
 

***

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2024-11-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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