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父が教えた諸行無常の人生

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記事:峯山政宏(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 

 これは今から20年以上も前の話だ。思えば、父の人生には、いつも「平家物語」に語られる「諸行無常の響き」が漂っていたように思う。
 
 父はかつて地元で電気工事会社を経営し、自社ビルを構え、100人を超える従業員を抱えていた。「名士」と呼ばれ、正月には人々が長蛇の列をなし、父を頼って挨拶に訪れるほどだった。しかし、その栄華の裏に、私たち家族には決して触れてはならない秘密があった。
 
 「男は仕事が忙しいくらいがちょうどええんや」と父はよく言っていた。だがその「忙しい」を理由に、父が家に帰るのは年に一週間ほどだった。友人たちには「峯山の家は母子家庭」と噂され、私もそれを否定しようとは思わなかった。父が家族を顧みないというレッテルは、私の心の中で半ば当然のものとして受け入れていたからだ。
 
 それでも表向きの父は「地域に貢献し、一代で成功を築いた経営者」として、地元では称えられていた。しかし、家族内には「触れてはならないこと」があり、幼い頃から家にはどこか緊張が漂っていた。それが何なのか、はっきりとわかることはなかったが、いつしか私の中に、家には秘密があるという確信が生まれていた。
 
 その正体を知ったのは、中学二年生の冬のこと。学校から帰ると、郵便受けに一通の手紙が入っていた。差出人はフィリピンからで、英語でぎっしりと書かれ、小さな子どもの写真が同封されていた。辞書を引きながら手紙を読み進めると、「あなたの子供はフィリピンで元気に暮らしています。あなたに会いたがっています」と書かれていた。
 
 その瞬間、父がフィリピンに子供を持っていることを知った。その子供が一人だけでないかもしれない、いや、国内にも他の「家庭」があるのかもしれないと悟り、私が信じていたサザエさんの家族のような理想の形が一瞬で崩れ去った気がした。
 
 父に裏切られたという思いはとても強かった。父に直接問いただしたいと思ったが、彼はいつも通り家にいなかったので、その思いを叶えることはできなかった。代わりに母に勇気を出して「お父さんには他にも家族がいるの?」と尋ねてみた。母は表情を曇らせながら、「その話は二度としたらあかん」とだけ言った。それが私たち家族の「暗黙のルール」、触れてはならない、絶対的なタブーだった。
 
 それから私は、父にはフィリピンの女性だけでなく、国内にも複数の「家庭」があり、少なくとも私たち以外に4つの家庭があることを知った。しかし、その全貌を知る術はなかった。「栄えたものもついには滅びる」という無常の理を感じながらも、その真実に踏み込むことが怖かった。
 
 「仕事が忙しいから帰れない」と父は言い続けていたが、その「忙しさ」とは他の家族との生活だったのだ。思春期にして「大人の建前」とその裏に潜む冷たい真実を知り、私の心は揺れ動いた。私たちの家庭は、父にとって数ある家庭の一つでしかなく、優先順位も低い存在だったのだ。
 
 そして父の栄華が崩れ去る瞬間が訪れた。それは、私が大学受験に失敗した18歳の年のことだった。長年経営していた会社が倒産したのである。父は地元に新幹線を誘致し、そこから利権を得ようとしたが、中心人物だった市長が落選し、計画は白紙に戻った。父の会社は公共事業に依存した古い体質の企業だったため、この「賭け」に失敗した瞬間、莫大な負債を抱え込み、倒産に至った。
 
 「盛者必衰の理をあらわす」という言葉があるように、かつての栄華も一瞬で消え去った。その後、父は地元での名声を失い、静かに去っていった。かつて父の会社があった自社ビルは売却され、今ではその跡地に民家が建っている。時折その跡地を訪れると、父の栄光がまるで幻であったかのように感じられる。
 
 父の没落を目の当たりにしても、私は彼に対して何を感じるべきか、今でもよくわからない。彼は地位、成功、そして無数の「自由」を手に入れたが、その代償として家庭での温かい絆や信頼を失った。「諸行無常の響きあり」とあるように、彼の栄華は、やがて消え去る運命であったのだ。
 
 人が成功や自由を追い求めることは悪いことではない。ただ、それが本当に意味のあるものであるか、またその過程で失うものが何かについて深く考えるべきだと、私は父の生き方から学んだ。
 
 父は会社が倒産して以来、家族の前からも姿を消した。もし今も生きているなら、彼は90歳近くになるはずだ。どこでどのように暮らしているのか、老後を支えてくれる人がいるのかはわからない。ただ、「諸行無常」を身をもって教えてくれた父の人生の跡地に立ち、私は今もあの言葉の意味を噛みしめている。
 
 
 
 

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2024-11-15 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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