伝わらないもどかしさの向こう側
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:大塚 久(ライティング・ゼミ9月コース)
「なぜわかってもらえないんだろう?」
僕はまた心の中で呟いた。理学療法士として20年以上、多くの患者さんに「予防の大切さ」を伝えてきた。けれど、いくら言葉を尽くしても、届かない壁がそこにある。真剣に説明を続ける僕の目の前で、患者さんの表情には「今は痛くないから大丈夫でしょ」という思いが見え隠れしている。
「今は痛くなくても、このまま放っておくと将来悪化する可能性があります」
僕の説明に患者さんは頷いてくれる。しかし、その頷きにはどこか他人事のような軽さがある。僕は知っている。痛みが出てからでは遅いということを。多くの患者さんを見てきて、その事実を痛感しているからだ。
そんなもどかしい思いを抱えたある日、20代の頃の記憶がふと蘇った。
「これ以上は今話しても理解できないから、今後にとっておきます」
高名な講師の言葉に、当時の僕は内心むっとした。「何をもったいぶっているんだ。全部話してくれればいいじゃないか」と心の中で毒づいたことを覚えている。会場には静かな緊張感が漂い、講師は冷静で自信に満ちた表情を浮かべていた。
しかし今、講師として立つ側になり、その言葉の真意がやっと理解できる。あの言葉は「相手の理解を妨げないため」だったのだ。
それは小学生に算数を教えるようなものだ。足し算や引き算を学んだばかりの子どもに、いきなり微分積分を教えたらどうなるだろう。理解できないばかりか、今わかっているはずの知識まで混乱してしまうだろう。それと同じことが、体の予防でも起きるのだ。
さらに、あることに気づいた。それは「実際にその場所に立たないとわからない」という真実だ。たとえばスマートフォンを初めて使う時のことを思い出してほしい。最初は「自分には必要ない」と思っていた人でも、一度その便利さを知れば、手放せなくなる。事実僕自身も割と最近までガラケーを利用していたが、一旦スマホにしてからはもうガラケーには戻れないと感じている。それを知るには実際に触れて体験してみるしかないのだ。体の予防も同じ。どれだけ言葉を尽くして説明しても、実際に体を動かし、自分でその変化を感じて初めて納得できる。
こうした考えを元に、僕は説明の方法を変えてみることにした。
「分かってもらえない」から「伝わる」へ
ある50代の会社員が、腰痛に悩んで僕の元を訪れた。椅子に腰掛けたその人は、背中を丸めながら「痛みさえ取れればいい」と短く答えた。その言葉の奥には、疲労感と諦めが透けて見えた。僕は、彼に「予防」を理解してもらうために三つのステップを試してみることにした。
まず、体の仕組みという「共通言語」を作ることから始めた。「腰痛の原因は、必ずしも腰そのものにあるとは限りません。例えば、足首が硬いとバランスが崩れて、その負担が腰に集中することがあります」
彼は驚いたように僕の話を聞き、自分の体についての理解が少しずつ深まるのを感じているようだった。
次に、日常生活の中でできる小さな改善方法を提案した。「デスクワークの合間に、このように足首を回してみましょう。ほんの少しずつですが、体全体の動きが楽になりますよ」
難しいエクササイズではなく、取り組みやすい提案に彼の顔には少し安心した表情が浮かんだ。
最後に、自分で体の状態を評価する方法を伝えた。「朝起きた時の体の硬さを5段階で毎日チェックしてみてください。少しずつ変化が分かると、体の動きが楽になるのを実感できますよ」
3ヶ月後、彼は笑顔でこう話してくれた。「最初は予防なんて面倒だと思っていました。でも、自分で変化を感じ取れるようになると楽しくなってきたんです。自分の体をコントロールできている感覚が気持ちいいですね」
こうした患者さんとのやりとりを通じて、僕自身も変わっていくのを感じた。理解してもらうのではなく、伝えること。そして一緒にその変化を楽しむこと。それが次の道を切り拓く鍵なのだ。
もどかしさの向こう側にあるもの
理解してもらえないもどかしさ。それは、もしかすると新しい段階へと進むためのエネルギーなのかもしれない。僕が伝えることができるのは、相手が今立っている場所に寄り添い、次の一歩を一緒に考えることだ。
「次はここまでやってみませんか?」そう誘いながら、一歩ずつ進むことで、もどかしさは「分かった!」という喜びに変わる。その瞬間、僕自身もまた新しい景色を見ることができる。
理解されないもどかしさの先には、きっと豊かな学びが待っているのだ。それを信じて、僕は今日も患者さんと共に一歩を踏み出す。
***
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