メディアグランプリ

多忙なビジネスパーソンにこそ、絵本の読み聞かせボランティアをすすめる理由


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:AKIYO(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 

 30人が一斉にこちらを向く。みんな、黙って真っすぐに視線を向けてくる。
 
 ここは東京都内のとある小学校。私は6年生の教室の教壇に立っている。
 
 緊張で、喉はカラカラだ。背中には既にうっすら、汗をかいている。
 
 自分にこう言い聞かせる。笑わせようとか、感動させようとか、そんなことは考えなくたっていい。大丈夫。きっと、うまくいく――。
 
 
 昨年度、子どもが小学校に入学したのを機に、絵本読み聞かせボランティアに加わった。
 
 月に一度、担当のクラスを割り振られ、1時間目の授業が始まるまでの15分間、絵本を読む。長めの作品なら1冊、短い作品なら3冊程度。15分内に収められさえすれば何を読んでもいい。
 
 たかが保護者ボランティアじゃないか。所詮、子ども相手じゃないか。一から台本を書くわけじゃない。古今東西のすばらしい作家たちが作った「絵本」という心強いアイテムがある。ただそれを、つっかえずに読めばいい。難しいことは何もない。
 
 そんな気楽な気持ちで手を挙げた。
 
 最初に担当したのは5年生。デビュー戦を前に、私は頭を抱えた。まず、本選びが意外に難しいのだ。
 
インターネットで高学年向けのオススメ絵本を探し、図書館に予約を入れまくった。ああでもない、こうでもないと30冊以上を吟味して、珠玉の1冊にたどり着いた。
 
 ある国で、金のライオンと銀のライオンの2頭のうち、どちらが王にふさわしいかを選ぶことになった。ぜいたく好きな金のライオンが、心優しい銀のライオンの悪い噂を広める。最初は誰も信じなかった噂が、伝えられるごとに、真実であるかのように広がっていく。そして、最悪の結果を招く――。そんな読み応えのある物語だ。
 
 その日を迎えるまで、10回以上に渡って読み込んだ。ストップウオッチで何度も時間を計って速さを調整したり、内容に合わせて声のトーンを変えてみたり。
 
 本番は緊張で足が震えた。手のひらに汗をかいた。声がうわずった。それでも子どもたちは真剣な表情で聞いてくれた。手応えは十分だった。
 
 恐らく、絵本が良かったのだと思う。選書がハマったのだ。いきなり読み聞かせが楽しくなった。この調子でいこう、と勢い込んだ。
 
 2回目に割り振られたのは、長男のいる1年生のクラスだった。絵本は何冊かの中から、息子に選んでもらった。
 
 1年生は、まだ自宅で両親が絵本を開いてくれているからだろう、読み聞かせの時間が大好きで、何を読んでも喜んでくれる。こちらの狙い通りに笑ってくれるし、予想通りに突っ込んでくれる。
 
教室では「あ、ケンちゃん(長男の名前)のママだー」と声をかけられ、終始リラックスした雰囲気でペースをつかむことができた。
 
 以降、毎月、さまざまな学年を担当した。
 
 3、4年生は、やや選書の難易度が上がる。このくらいの学年になると成長に差が出てくるので、同じ本を読んでも、深く理解してくれる子とそうでない子に別れる。
 
そんなときは、小道具が効果的だ。例えば人間とクマの関係を描いた絵本なら、クマ鈴を用意して鳴らしてみたり。地球の反対側の小国の物語なら、地球儀を用意して場所を示してみたり。
 
 そうやって1年生から5年生まで経験して、満を持して受け持ったのが、6年生のクラスだった。
 
 実は6年生は、読み聞かせ仲間の間で「最も手強い相手」と言われている。
 
 まず、都心の6年生はお疲れ気味だ。クラスの半分以上は中学受験を控え、連日、塾通い。寝不足と闘っている。「絵本の読み聞かせなんて聞いてる暇があったら、睡眠か勉強に充てたいよ」と思っている子もいるはずだ。
 
 そして、もう立派な大人だ。あと何か月かすれば中学生になり、電車も美術館も、あらゆるものが大人料金になる。小数や分数の割り算なんてお手のもの。憲法の「憲」とか、臓器の「臓」とか、そんな難しい漢字も知っている。愛とか死とか、そういうことにだって理解が及ぶ。一つ下の5年生とは全く違うのだ。
 
 だから、単純なストーリーでは響かない。だけど、本物の恋愛とか、他者への共感とか、そういう経験はまだないから、大人向けの絵本というわけにもいかない。
 
 ものすごく難しい生き物なのである。
 
 悩みに悩んで、私が選んだのは、落語「ときそば」の絵本版だった。
 
落語はさすがに見たことがあるだろう。名作中の名作だから、ときそばも、どこかで聞いたことがある子はいるはずだ。5年生には難しくても6年生なら笑ってもらえる。日本文化にも触れられるナイスなチョイス。そう思って、読み聞かせに臨んだ。
 
だが予想は大きく外れた。落語を知る子は、ほとんどいなかったのだ。
 
家で何度も練習した、「細いそばをすする音と、うどんみたいに太いそばをすする音の違い」にも気付いてもらえなかった。
 
「いま何時だい?」「へえ、五つで」というやり取りも、そのあとのオチも、理解できなかったようで、ポカーンとしていた。
 
なるほど、落語というのは、オチを知っているからこそ笑えるのだな。一つ学んだな……。などとしみじみ考えている場合ではない。時間はまだ半分近く残っている。
 
 私はここで気を取り直した。実はもう一冊、とっておきの作品を用意していたのだ。
 
貧しい農家の息子が、母親に毎日のようにナスビを売りに行かされ、しんどい思いをするが、母が病気で亡くなって初めて「生きる力」を身に付けさせようとしてくれていたことを知る――という物語だ。初めて手に取った時、私は、母の厳しさと優しさに涙した。
 
 もしかしたら、この子たちも、日々の受験勉強で、両親の厳しさに触れることがあるかもしれない。その厳しさの裏にある愛に、思いをめぐらせるかもしれない。
 
そんな、こちらの狙いが当たったのかどうかは分からないが、読み終えた後、一斉に拍手をしてくれた子どもたちの、何かを感じ取っているような表情を見て、選書は成功だったと確信したのだった。
 
 
 とまあ、こんな具合に試行錯誤を繰り返しながら、毎回、絵本を読み聞かせている。
 
私は思う。読み聞かせボランティアは、究極のエンターテインメントだと。
 
 私たちは毎回、季節感、社会情勢、学年ごとの子どもの発達などを考慮して本を探す。オーディエンスに喜んでもらえるよう、何か一つでも持ち帰ってもらえるよう、悶絶しながら絵本を決める。
 
しかも子どもは、大人と違って本当に正直だ。顔に、態度に、全ての感情が表れる。だから手を抜けない。こちらの本気度が試される。
 
 何度か読み聞かせボランティアを経験するうちに、実生活に面白い効果が表れ始めた。仕事におけるプレゼン技術が上がったのだ。目の前のオーディエンスにいかに分かりやすく、面白く伝えるかは、絵本の読み聞かせとそっくりだからだ。
 
そう。読み聞かせボランティアは、ビジネススキルを上げられる場でもあるのだ。
 
読み聞かせボランティアの参加者はほとんど女性だ。専業主婦が多い。でも、男女を問わず、ビジネスパーソンにこそ、おすすめしたい。
 
PTAにしてもなんにしても、学校や地域のボランティアはほぼ女性たちが担っているという現状を変えたい、という思いも込めて。

 
 
 
 
***

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2024-11-21 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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