親になったいまだからこそ分かる、隣の席の「マサアキくん」が教えてくれたこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:AKIYO(ライティング・ゼミ9月コース)
※登場人物は全て仮名にしています
「貸せよ。貸さないと、ぶっ刺すぞ」
小学生の頃、隣の席に座っていたマサアキくんの、穏やかならぬ物言いが、いまも耳に焼き付いている。
私は、北関東の小さな町で育った。
1980年代初頭。その町にもまだ、たくさんの子どもたちの声が響いていた。
地元の公立小学校には、いろんな子が通っていた。
マサアキくんは、いつも同じ紺色のジャンパーにデニムの半ズボンを履いて、不機嫌そうな顔をしていた。
宿題はほとんどやってこなかった。そしてよく,忘れ物をした。
算数の小テストの時は、どこからか取り出した安全ピンの先を光らせて、いつも私に「それ貸せよ。じゃないと、ぶっ刺すぞ」とすごんできた。
私はびくびくしながら、さっさと自分の分の解答を済ませ、マサアキくんに三角定規や分度器を貸した。
でも、マサアキくんは、ドラえもんに出てくるジャイアンみたいに強かったわけじゃない。
教室の隅で、よく泣いていた。宿題を忘れ、文房具を忘れ、先生に叱られて泣いていた。
マサアキくんの家は「複雑だ」と聞いたことがある。もしかしたら、宿題のできるような環境じゃなかったのかもしれない。文房具を買ってもらえなかったのかもしれない。そして多分、不器用だったのだと思う。だから誰かに何かを頼むときは、安全ピンで脅すことしかできなかったのだと思う。
とにかく、忘れ物をしたときのマサアキくんは本当に怖くて、私はマサアキくんが嫌いだった。
そんなマサアキくんにも、特技があった。走るのが、すごく速かったのだ。
長距離走でも、短距離走でも、いつもぶっちぎりの1位だった。体育の授業の時だけは、自信に満ちた、いい顔をしていた。
あの頃、北関東の冬はとても寒かった。寒空の下、校庭を疾走して、顔を紅潮させているマサアキくんの姿を、いまでも覚えている。
だけど、教室に戻ってくると、やっぱり安全ピンの先を光らせて「早く貸せよ」とすごむものだから、やっぱり私は、マサアキくんを好きになれなかった。
ある日の体育の授業で、班ごとに別れて班対抗リレーをすることになった。
私はマサアキくんと同じ班だった。
第一走者はマサアキくん。以下、男子、女子、男子、女子……の順で6人が走る。私はなぜか、アンカーを務めることになった。
マサアキくんは当然、ぶっちぎりの1位で、2位以降に大きな差を付けて、第二走者にバトンを手渡した。
第二走者から第三走者、第四走者……とバトンが渡るごとに、2位以降の走者に差を縮められた。
そしていよいよ私の番がきた。バトンを受け取って、夢中で走った。そして、2位以降の走者に少しだけ差を付けた。
ただ、当時のクラスは男子の方が女子より人数が多くて、アンカーの中に一人だけ男子が混じっていた。
私は結局、最後の最後に、クラスでマサアキくんの次ぐらいに速いその男子に抜かされて、2位でゴールインした。とても悔しかった。
あまりよく覚えてはいないのだけれど、確か、1位になった班には、「一番長く昼休みを取っていい」とか、そんなご褒美が用意されていたのだと思う。
教室に戻ると、同じ班の男子の一人が私を責めた。「お前が抜かされたから、1位が取れなかったじゃないか」。私は何も言い返せなかった。
すると、隣でマサアキくんが言った。
「こいつは速かったよ。お前がこいつと一緒に走ってたら、絶対追い付けねえよ。2位になったのは、こいつのせいじゃないよ」
ぶっちぎりに足の速いマサアキくんにそう言われて、その男子は面白くなさそうに去って行った。
私には、マサアキくんが、いつもと違って見えた。
以来、私は「ぶっ刺すぞ」と言われる前に、マサアキくんに三角定規や分度器を貸した。
あの頃の小学校には、本当にいろんな子がいた。
市営住宅に住んでいたアケミちゃんの家は母子家庭で、お母さんは夜の仕事でいつも家にいなかった。アケミちゃんもやっぱり、忘れ物の常習犯で、お裁縫箱を忘れてきたときは、私からまち針を奪って、マサアキくんと同じように「貸さないと刺すよ」と脅してきた。
だけど普段はすごく人なつっこくて、機嫌がいいときは、いかにも天真らんまんという感じでケタケタ笑うから、不思議と許せてしまうのだった。
豆腐屋の長男のガクトくんは、怒ると癇癪を起こして手が付けられなくなるから、「ピラニアガクト」とからかわれていた。
だけど豆腐のように色白で、普段はとても穏やかで優しかった。朝5時に起きて、店の仕事を手伝っていると、よく話してくれた。
お父さんが文具卸をしているショウくんは、当時流行っていた「匂い消しゴム」をこっそり家から持ってきては、友達に売りつけていた。お調子者で、授業中は先生の話を全く聞かず、後ろを向いて、ひそひそ声で“取引”をしているから、いつも怒られていた。
消しゴムの売上金を何に使っていたのか、詳しくは聞かなかった。でもショウくんには商売のセンスがあったのだろう。値付けが絶妙で、セールストークがうまいから、みんなついつい親に小遣いをおねだりして、消しゴムを買ってしまうのだった。
その後に通った中学校も公立で、クラスには「ヤンキー」と呼ばれる子もいたし、いつもお金に困っている家の子もいた。当時、教室は荒れていて、窓ガラスはいつもどこかが割れていた。
私は宿題をうつさせてあげたり、文房具を貸してあげたりした。泣かされたり、怖い思いをしたりもした。でも逆に、救ってもらったり、励ましてもらったり、笑わせてもらったりもした。
人間には、強いところも、弱いところもある。長所も、短所もある。だから、助け合い、補い合って、生きていかなくちゃいけない。学校は、私に、そんなことを教えてくれたような気がする。
あれから何十年もたって、私は親になった。
東京に住んでいると、周囲が「小学校受験だ」「中学受験だ」と何かと騒がしい。親は我が子を「限られた椅子」に座らせようと躍起になっている。うちも、息子を塾に通わせて、いい学校に入れないといけないかな、と焦ってしまう。
でもふと、教室に、いろんな子がひしめき合っていたあの頃のことを思い出す。
自分には、特別自慢のできるところはないけれど、時々、「誰も気付かないような、その人のいいところを見つけるのが上手だね」と褒められることがある。それはもしかしたら、子どもの頃、教室で、いろんな子に囲まれて過ごしたからなんじゃないか……。
そして、考えるのだ。
幼いうちから、限られた椅子を奪い合うような環境に身を置くことだけが、我が子にとって幸せなのだろうか。
いろんな子のいる環境で、互いに助け合い、補い合って生きる術を知ることも、幸せの一つの形なんじゃないだろうか。
いつも、安全ピンを光らせてすごんできたマサアキくん。教室の隅で泣いていたマサアキくん。
でも、ぶっちぎりで走るのが速かったマサアキくん。たった一度きりだけど、私を助けてくれたマサアキくん。
いまごろ、どうしているだろう。
***
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