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物語を知って自分用にも欲しくなったモノ


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:片山勢津子(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
「あっ、マリーにプレゼントしたものと同じだ!」
高岡の鋳物工場で出会った錫製品。それは、一見するとスリットの入った何でもない四角い板だが、柔らかいので姿を変えられる。その意外性が気に入って、来日する彼女へのお土産にと、金沢駅で買ったものだった。まさか高岡の製品とは思わなかった。
 
マリーと会った次の夏、彼女の家を尋ねた。それは、フランスの田舎で、粉挽小屋をリノベーションして住んでいた。惚れ惚れする程センスがよく、古いものを残しながら、おしゃれにインテリアを整えていた。プレゼントした錫の小物は、センターテーブルの上にあった。籠にして、小さな赤いリンゴを二つ入れていた。リンゴと錫の対比が面白く、まるでモダンなオブジェのようだった。プレゼントがマリーのお眼鏡にかなったようで、嬉しかった。
 
高岡には、二度目の訪問である。前回は、車窓から見た古い街並みに惹かれて、ふと降りた街だった。そこは、江戸時代から栄えた鋳物師の町だった。10年前に街並みが整備され、見違えるように綺麗になっている。今回は、鋳物の工場も二つ見学した。
 
最初に見学した「昭和合金」では、大型の仏像やアート作品などを製作していた。鋳物とは、高温で溶かした金属を、型の空洞部分に流し込んで固めた製品のことである。驚いたのは、この鋳型に昔ながらの砂を使う方法である。オリジナル製品が、砂型から生まれていた。
 
次の「能作」は、まるでショールームのような赤い屋根の洒落た建物だ。工場に入ると、トップライトのある高い天井から、鋳物で作られた真鍮製の大きな文字サインが吊られている。これは、何をする場所かがわかる気の利いたデザインである。
「錫」文字サインの場所で、製作の様子を間近で見た。錫は融点が低いので、ガスコンロの鍋を使って溶かす。その鍋を抱えて、溶けた錫を砂の鋳型の入った箱の穴から流し込む。すぐ固まるので、箱を開けて砂を取り除くと、もう錫製品の原型ができているという早業だ。
「磨」文字サインのある場所では、手作業で製品を磨いていた。錫は柔らかいので人の手で磨かないといけないという。職人の手元にあったのは、人気商品だという錫100%の「スクエア」だった。マリーにプレゼントしたのが、この「スクエア」だとわかった瞬間だ!
 
工場見学の翌日、改めて能作の女社長の話を聞くことができた。家を継ぐことになったエピソードが印象的だった。家業とは関係ない会社に務めていたある日のこと、同僚たちがおしゃれな小物のことを話題にしていた。気になって見に行ったところ、それが高岡の実家の錫製品「スクエア」だった。聞けば、父親の発案だと言う。神戸で楽しく仕事をしていた彼女だったが、偶然目にした「スクエア」に父の想いを感じ、実家に戻る決断をした。「これを守らなければ、これまで築き上げられた伝統が途絶えてしまう」……その思いが彼女を動かしたのだ。彼女の人生を変えた商品だった。
 
高岡の週末の旅が終わった。新高岡の駅に着き、帰りの電車で食べるお弁当を買おうと寄った売店で、「スクエア」を見つけた。ここではきちっとした包装ができないと言われたが、そんなことは関係ない。今度は自分用である。
新幹線に乗り込んだ。発車すると待ちきれなくなって、お弁当より先に「スクエア」を取り出した。錫は手に馴染む。これは、鍋で溶けて砂の鋳型で固まったものなのだ。手作業の仕上げを確認したくて、触ってみた。そして、そっと曲げてみた。面白い! 私の心に、この商品が生まれてきた物語が浮かぶ。手に馴染んで、不思議と心が癒される。
 
ふと、世界的インダストリアルデザイナー喜多俊之氏の話を思い出した。
「日本の伝統産業は素晴らしいが、危機に瀕している。それを救えるのは、デザインだ。海外に売れるデザイン力で伝統産業は守られる。今、守らなければ廃れてしまう」
彼は、日本の伝統工芸の技術を用いた作品を多数発表している。錫作品では、大阪の錫細工の職人の手による食器がある。その一つ、錫の茶筒は、有名紅茶メーカー「マリアージュ」に採用された。世界中のカフェでこの錫製品が採択されたのは、蓋がピタッと閉まる機密性が決め手だった。これは、日本の伝統の手業でしかできないという。
 
確かに! 私が手にしているこれも、新しいデザインだが日本の伝統産業で作られたものだ。材料の特質を生かした発想と技術がなければ、世界に通用する新たな製品は生まれなかっただろう。錫には殺菌製もあり、起死回生のアイデアがどんどん生まれ、今や高岡から全国へ、そして世界に錫商品が販売されるようになったという。
 
この錫製品は、ただの道具ではない。それは、過去と未来を繋ぐ架け橋であり、伝統と革新の象徴だ。見るたびに、伝統を守る柔軟な発想の大切さを感じる。錫製品を通じて自身も柔軟な視点を得られた。しなやかな心で、未来を考えたい。
 
 
 
 

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2024-11-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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