ゴンと過ごした夏
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:神林 智子(ライティング・ゼミ11月コース)
狩猟が趣味の叔父が飼っていた猟犬がゴンでした。ゴンはセッター種とポインター種のミックス犬で、叔父の狩猟仲間では評判の優秀な鳥猟犬でした。山では大活躍のゴンでしたが、普段はたれ耳がかわいい子でした。おとなしい中型犬で、滅多に吠えるのを聞いたことがありませんでした。
私は小さいころからゴンが叔父と一緒に訓練をしている姿を眺めては、その訓練の厳しさにドキドキしていました。おすわり、伏せ、待て、のような基本練習から、リードを引っ張らずに横を歩く訓練、投げたボールを持ち帰る訓練などを我慢強く繰り返していました。しかし訓練が終わるといつもの優しいゴンに戻って、小さな子供と遊ぶのが大好きでした。ゴンと同じぐらいの背の高さだった年の離れた弟は、ゴンにうなじをペロペロさせてキャッキャと笑い転げていました。
でも、ゴンはプロフェッショナルの猟犬です。ある日、叔父が放し飼いにしていた矮鶏の一羽が飛ぶことを覚えて、大飛行の挙句にゴンの柵の中に入ってしまったことがありました。鳥猟犬らしさを存分に発揮したゴンはその矮鶏を難なく仕留めて叔父の指示を待ちました。仕事から帰った叔父に「よし!」と声をかけられると、鳥を口にくわえて叔父に渡しました。獲物を傷つけずに持ち帰る訓練がしっかりされているので、矮鶏に歯を立てることもなく、褒められたゴンは誇らしげでした。
叔父の奥さんが岩手の出身で、夏休みは長いこと家族で岩手に帰省するのが決まりでした。その間、ゴンの面倒を見るために、白羽の矢が立ったのが私でした。「いいか、智子。逃げても、死んでも構わないんだ。餌の面倒だけ見てくれないか」と、最初の世話を仰せつかったのが小学3年生。叔父は私にプレッシャーをかけまいとそう言ってくれていたのでしょうが、却ってそれは大きなプレッシャーでした。大好きなゴンが死んだり逃げたりすることを想像しただけで私は固まりました。
昔のことですから、犬は外飼いで、庭に大きな柵で囲ったエリアでゴンは暮らしていました。1日2回、叔父に言われたとおりに朝と夕方決まった量のドックフードと新鮮な水を準備してあげると、嬉しそうにしっぽを振って寄ってきます。「ゴン、ごはんだよ」訓練されているので、「よし!」という声がかかるまで決まって待ての姿勢です。数日の間は順調に餌当番をこなして、最初固まっていた私もどこへやら。私は楽しく、誇らしく仕事をこなしました。
ところが。叔父家族が岩手へと旅立ってから4~5日経つと、ゴンはいつも叔父がフォルクスワーゲンビートルをバタバタ言わせて帰ってくる方向をじっと見つめて寂しそうにしています。声をかけてもこちらを向いて尻尾を1往復するだけで、また同じ方向を見つめているばかり。元気も、食欲もなくなってきました。
一週間もすると、ドックフードに全く口をつけなくなりました。ゴンは犬小屋の中でうずくまって動きません。困った私は長いことゴンの隣に座って彼をなでていました。でも、彼の尻尾は相変わらず1往復するだけです。夕方になるまで蚊に食われながら一緒に柵の中で過ごしました。死んじゃったらどうしようと、心配でたまりません。
2日ほど食べない日が続き、困り果てた私は、泣きながらドックフードを手ですくってゴンの鼻先に差し出しました。「ゴン、どうぞ。いい子だから食べて!」最初は2、3粒。少しずつ時間をかけて口に運びました。私の手の中からやっと食べてくれて嬉しくってゴンを抱きしめました。ゴンがさみしくないように、ごはんが終わってからもしばらく傍にいて今日あったことをあれこれ話して聞かせたりしました。
2,3日は私の手からドックフードを食べていたゴンですが、そのうち立ち直ってだんだん
元気になってきました。私は相変わらずゴンが食べ終わるまで傍であれこれ話をするのが日課になっていました。
3週間のお勤めをなんとか終了し、叔父一家が帰って来ました。
ゴンを叔父に無事引き継いで、お留守番のお礼にと、塗りの下駄のお土産をもらった私は、さっそく履いてゴンに見せに行きました。
ゴンとはそれから2度の夏のお留守番をし、5年生の秋にゴンは虹の橋を渡りました。塗りの下駄はゴンとの思い出として、すり減ってすっかりダメになるまで履いていました。
叔父はゴンのあとも何頭も血統書付きの猟犬を飼いましたが、ゴンほどの名犬には出会えなかったと語っていました。
***
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