2度も電車に飛び込もうとした私が、スタンディングオベーションを受けた理由
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:黒地蔵(ライティング特講)
もう20年近く前の話になる。
私は2度ほど、走ってくる電車に飛び込もうとしたことがある。
東海地方にあるH駅のホームから1度。K駅を見下ろす陸橋の上から1度。
「電車に飛び込もうとした」と表現したが、意識的なものではない。
その日はいつも通り会社に出勤し、普通に帰宅するつもりで家を出た。
「近づいてくる鉄箱に、なぜか引き寄せられた」というのが当時の記憶である。
無意識のうちに身体を乗り出していた。
「早まるな!」
……後ろからその声が聞こえた後、偶然通りかかった職場の先輩に掴まれて事なきを得た。
2度に渡って、である。通勤経路であったことを考えても、我ながら強運だったと思う。
だが、当時の私が生死を考えるほど悩んでいたのも、また事実である。
私は新卒で入社した、IT関連の企業に営業職として勤務していた。
元来、私は人と話をするのが大変苦手である。
「苦手を克服して、一流ビジネスマンとして輝いた人生を送るのだ!」
そう考えて、就職活動の難関を突破して入社した会社であった。
だが「苦手」なことが仕事として務まるほど、社会は甘くない。
平成の中頃の激烈なIT業界である。
毎日早朝から終電まで働き詰め、一日数十件の飛び込み営業を行うが、営業成績は低迷する。
営業しては訪問先で、社内では上司から怒鳴られる。
さらにはプレッシャーによるミスを連発し、罵声を浴びる……の毎日であった。
体調を崩す日も出始め、医師からは「抑うつ」との診断も出ていた。
当時はまだ、休職などの療養期間が付与されたり、上司の管理手法が「パワハラ」と抑止されるほど、職場の考え方が進んでいない。勤務態度としての私の「甘え」として扱われていた。
居場所を失った私は、2度目の「飛び込み」未遂の後、その会社を退職した。
最後は追われるような退職……であったはずが、退職時に先輩・後輩や同期40人余りが集まってくれた。泣いている人もいた。
私とは真逆の立ち位置に居た、トップ営業のナシダさん(仮名)が言った。
「お前は『記録』には残らなかったかも知れないが、俺たちの『記憶』には残った。確実に残った。こんなところで終わるなよ!」
突如、私は集まった方々に盛大な胴上げをされた。
あまりに高く上げられたため、通りかかった人達が足を止めて写真を撮っていた。
プロとして成績の上がらない私には厳しい目が向けられていたのだが、早朝から深夜まで働いていた私を気にかけてくれている同僚が大勢いたのだった。
帰路についた私を、ナシダさんが呼び止めて肩をたたいた。
「俺の力不足だ。すまない。お前を守ることができなかった。お前は一人の営業としては三流だ。だが『皆を一つの方向に向ける』ことには才能がある。その力を活かして生きろ。人生を諦めるな」
その言葉を信じた、ということもある。
約1年後、私は転職先で人事を担当していた。26歳の若さで異例の「抜擢」だった。
人事関連の学会で「若者のメンタルヘルス」がテーマのパネルディスカッションを聴講していた私は、ひょんなことから発言を求められた。
……隣の席に、この会を主催した大学の先生が偶然座っていた。というだけである。
参加者は企業の経営者や人事部門長、大学の先生など140人。ニュースで見かけるお顔やビジネス書で見覚えのあるお名前も並ぶ。
前出のエピソードから、まだ1年である。
第一人者の方々のお話は貴重ではあったが、イマイチ実感が持てなかった。
私は遠慮したが「若い参加者は珍しい」と、半ば強引にマイクを持たされた。
震えながら絞り出した、私からの発言は次の3点である。
素晴らしいお話だが「雲の上の世界」のようであり、現実味がない
私自身も苦しんだテーマであるが、結局のところどうしていいのかわからない
自分も人事担当だが、今日のお話を社内で活用できる自信がない
当時の私はあまりに無知で、これ以外に言いようがなかった。
……場が氷付いた。
140人が、時間が止まったかのように微動だにしない。
「よく言った!」
主催者の先生が、私からマイクを奪い取った。
「みんなすまん、俺はこの若造の疑問に答えられねぇ。俺もよくわかっていないんだよ。誰か答えられる人、いるかい?」
べらんめぇ口調でまくし立てると「実は私も経験が無いからわからない」「逆に当事者としての意見を聞かせてほしい」と、堰を切ったように参加者の議論は白熱し、小1時間も続いた。
まだ平成の中頃である。メンタルヘルス・マネジメントに対しては、当時の研究者や経営者・実務担当者の中でも発展途上の段階であった。
締めの挨拶にあたって、先ほどの先生が私に声をかけてくれた。
「いい議論ができた! これぞまさに『無知の知』! お前さん、まるで現代のソクラテスだな!」
会場は万来の拍手につつまれ、なんとスタンディングオベーションが巻き起こった。私は深々と頭を下げた。
私が経験したエピソード、語った内容は自分自身にとって「惨めなもの」である。
しかし、そんな経験でも文章にしたり、言葉として発することで「他の誰か」から見れば「経験したことが無い、貴重な情報」に変わることがある。
悩んだ・苦しんだ経験は言葉や文章にしたほうが良い。これは本当にお勧めしたい。
天狼院書店が主催する「ライティング・ゼミ」の「人生を変える」というキャッチフレーズを聞いて、改めて考えるエピソードである。
私はソクラテスに例えられたが、哲学や知恵というものは膨大な数の先人たちが「悩んだ・苦しんだ経験の記録」なのではないかと、浅薄ながら思う。
20年近くに渡って、あの時の胴上げが私の背中を押し、あの時の拍手が私を支えているのは、紛れもない実感だからだ。
***
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