恫喝しかできなかった社長が会社を変えた
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記事:髙木穣(ライティング・ゼミ9月コース)
「悔しいけど、一番変わったのは自分かもしれない」
この社長は地方の自動車販売会社の「私は社員を恫喝しかしてない」と語る三代目経営者。
私たちは組織活性化のコンサルティングをやっていて、ある時、自動車メーカーさんと組んで販売会社の社長向けのワークショップをやることになった。
この社長はそこに参加した一人である。
このプログラムの狙いは、販売会社の社長の意識転換を図り、会社の風土体質を変えていくというものだ。新車が売れなくてなってきて、いかに顧客を長く維持していくかのビジネスへの転換を迫られていた。しかし販売会社は「新車を売れ」という軍隊型の訪問販売の気質が残っており、お客さんを呼び込む来店型のやり方に会社全体を変えることに苦労をしていた。
この社長はワークショップに参加し、社員の主体性を高めながら進める私たちのやり方に興味を持ち、「ぜひわが社の改革を手伝ってくれ」と依頼してきた。
早速、私の先輩が現地を訪問した。社員インタビューなどを行い、現状を確認するためだ。
訪問から帰ってきた先輩はこの社長から依頼を受けていた弊社の社長に報告した。
「あの会社は無理です。あまりにも社員の反発が強すぎます」
経験豊富の先輩からそんな驚きの報告があった。
「あなた方はあの社長の片棒を担いで、一体私たちに何をさせようとしているのか!関わらないでくれ!」と言われたそうである。
どうも社員たちは社長の恫喝に頻繁に会い、辞めざるを得なかったものや制裁としての左遷などを食らっていた者もいたようである。
たしかにこの社長は声が大きく、態度も大きい。怖いムードを持った存在であった。
しかし、この社長の「どうしても」という迫力に押され、「やれるところまでやってみよう」となった。
社長の話し方は語気が荒く、社員はその言葉が通り過ぎるのをひたすら待つ、というのが日常だったらしい。だから社長の話をまともに聴く社員はほぼいない。ただ、よくよく社長の話を聞くと、会社を継続させ、地域に貢献したい気持ちが社長にはしっかりとあるのである。
社長自身の思いをメールに書いて全社員に発信することを推奨した。社長はそれを受け入れ、自分の思いや考えていることを毎日全社員向けに発信することとなる。この社長はやると決めたらとことんやる方で、このメールはその後390日以上毎日発信されることになる。
社員の中に入って色々話を聴くが、社長に対する恐怖と恨みは強い。
中でも激烈に社長批判をする女性の店長がいた。この方に社長批判をさせると何時間も続く勢いだ。
私たちは強く不満を言う社員を見つけると、そのエネルギーの強さがポジティブに転換するとものすごく強い変革の流れをつくることを知っていた。
なので、その方と多くの時間を過ごし、社長批判を聴きつつも、社長と対話をする時間などをつくっていった。すると徐々に改革の動きをリードしていく存在になっていった。そもそも会社がよくあって欲しい気持ちが強かったのである。
彼女が前向きになってきたのは、社長が「これから100年続く会社づくり」を目指しており、そのために必要なことはなんでもやるという覚悟を感じとれたからだ。そして彼女は「この社長がこの軸をぶらさない限り、私はこの改革を進めていこう」と決めたのである。
彼女は現場の仲間から「おまえは社長側に寝返ったのか」などと文句を言われながらも、話し合いをする活動を続けた。管理職以上はやはり以前の社長からの仕打ちの記憶によってなかなかこの動きへの賛同は示さない。
ところが社長に直接被害を受けていない若者たちの中に、日々送られてくる社長メッセージに触れているうちにその考え方に共感を示す者たちが出てきた。
「先輩たちは社長のことを批判しているけど、社長が言っていることは全然おかしいと思わない。むしろ共感することを言われている」とベテランが若手から突き上げを食らう場面もあったらしい。そこでハタと冷静になるベテラン社員も出てきた。
仕事の現場の方でも変化が起きだす。
店には営業マンと車の修理点検を行うメカニックがいるが、この仲がだいたいよくない。自分のお客さんの都合を優先させる営業マンとそれによって無理を引き受けさせられるメカニックという構図だ。
訪問販売重視から来店販売重視の売り方にする場合、店の全体の雰囲気がよくないとダメだ。そのためにはお店のメンバーのチームワークが必要だった。改革の流れに賛同し、先行して取り組みをしていた店長のお店でこのチームプレイが生まれてきたのである。
そしてこのお店の人たちはイキイキ働いているし、店自体も活気にあふれだした。このお店の出現により改革は一段と進みだした。
社長はまだ荒い言葉づかいは変わっていないが、現場の声に真摯に耳を傾けるようになっていた。前に書いた女性店長からの耳の痛い言葉も受けとめるになった。現場の声に耳を傾けることと自分の掲げている軸をぶらさないことを自分に課しながら日々の経営業務に取り組んでいた。
約3年が経ち、社内はだいぶ活性化してきた。そんな時にこの活動の成果を感じられる事件が起こった。
扱っているメーカーの車にリコールが起こったのである。
つまり、販売しているある車種に安全上の欠陥が見つかったと新聞発表されたのである。
タイミング悪く、社長はこの時海外に出張していた。お客さんを不安にさせる一大事なので、社長が陣頭指揮をとってお客さんの不安を解消しなければならなかったが、できない状況だった。
しかし、現実起きたことは社員同士が連携をとり、お客さんを不安がらせないようにそれぞれの立場で主体的に考え、動き、何の問題も起こさせないということを全社で行ったのである。
社長が戻ってきた時、この報告を聞き、「これまでの取り組みに間違いはなかった。やってきたよかった」と始めて活動の成果を強く実感することになったのだった。
後に社長批判を激烈にやっていた当時の女性店長に訊いてみた。
「この改革はなんでうまくいったと思いますか?」
その女性は答えた。
「やっぱり、社長の軸がぶれなかったからですねえ。社長がまた自分本位の経営なんかしていたら、みんなはついていかなかったでしょうね」
それを聴いていた社長は
「みんなよく頑張って変わったなあと思ってたが、悔しいけど一番変わったのは自分かもしれない」という冒頭で書いた言葉を語った。
トップが組織を変えるためには、自分の外側に目指すものを掲げ、その軸をぶらさない大事さを教えてくれた社長でした。決して自分本位でなく、理念を第一にすることがやはり組織をうまくいかせる秘訣なのです。
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