シャバに疲れたら映画館へ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:深谷直子(ライティング特講)
映画祭でしかお目にかかれないような長尺映画の劇場公開が増えていて嬉しい。今年は、ワン・ビン監督が縫製工場で働く若者たちに密着したドキュメンタリー『青春』215分、元首相誘拐事件を題材としたマルコ・ベルッキオ監督『夜の外側 イタリアを震撼させた55日間』340分(!)、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン監督のカンヌ国際映画祭受賞作『二つの季節しかない村』198分といった話題作がここ福岡でも公開され、いそいそと足を運んだ。どれも面白くなかなかの盛況だった。
上映時間が3時間を超えるような映画は、実験的だったり難解なテーマを扱ったりするものが多く、映画好きでも観るのに心構えが必要だが、その一方で私には普通の映画以上にワクワクとテンションを高めて向かうところもある。「現実世界から逃れるぞー!」という、映画館で映画を観る行為自体の楽しみが、時間の分長く濃くなるからだ。映画は日常を脱して異世界に身を投じさせてくれるもの。見知らぬ土地への旅やテーマパークのような体験もできるが、映画館にはそれらにない効能もあって、場所に例えるなら「刑務所」がピッタリだと思う。映画館はまず「不自由」な場所であり、だからこそ解放されるのだ。
スマホ依存症が深刻な社会問題となっている今、私もスマホの中毒となり踊らされていることを痛感する一人。広告ばかりのS N Sはもはや心踊るツールじゃないことはわかっているのに、開いたら友達が出かけた店やらさして興味もないバンドのバッシングやらが気になってしまい、広告にもやはりまんまと乗せられ、気づけばネットの中をグルグル小1時間も徘徊してたなんてことはしょっちゅうだ。たくさん開いてしまったブラウザのタブを整理していて、とっくに記憶から消え去っていたそれらの片鱗を見るたび、こんなことで時間を無駄にして……と自己嫌悪に陥る。それでも「大事な情報がアップされているかも」と刺激を求めてついタップしてしまう。脳が鎮まるときはなく、睡眠障害も重症だ。
こんなスマホ中毒者が誘惑を断つには、強制的に手放さざるを得ない環境に身を置くしかない。スマホを鍵付きのボックスで預かり、アウトドアのアクティビティや健康的な食事などをセットした(だけの)デジタルデトックスプランは、今やリゾートホテルの目玉商品の一つになっている。大枚をはたけない人も、あえてスマホを持たずに休日に出かけるなど、意識的にデジタル機器を遠ざける努力をして、最初はストレスでいっぱいだったが、家族との会話や読書といったアナログな愉しみを再発見した……などと感動的な体験記を綴ってくれたりしている。
映画館は、そこまで大袈裟ではなくても鑑賞中は確実にスマホ断ちさせてくれる禁欲的な空間。上映中に着信音が鳴ったり、光る画面を覗き込む人がいたら大迷惑だから「Noスマホ! 上映中は電源オフに」は映画館の最重要マナーだ。シートに腰掛け、1本の作品に早送りも巻き戻しもなく頭から終わりまで向かい合う。ドリンクを飲み干しても冷蔵庫からおかわりを持ってくることはできず、飲食禁止のところもある。自宅でのストリーミングサービス鑑賞に慣れた人には窮屈極まりないだろうが、集中して観ることで得る感動は計り知れない。スマホのない苦痛なんて忘れ去って映画の世界にのめり込み、映画館を出るときは街の風景がまったくの別物に見える……、そんな魂の浄化作用が映画館にはあるのだ。
同じようにスマホを強制的に取り上げられる場所と言ったら、電波の届かない大自然の中か、外部と完全に遮断される刑務所か? 刑務所はぶっ飛んだ例えのようだが、タバコやアルコール、薬物、ギャンブルなどの依存症の受刑者は、それらが「ない」ことで外より簡単に断つことができるそうだ。ただ、出所して元の環境に戻ると再び依存症になることも多いとのこと。刑務所ではそうならないための回復支援プログラムも行なっている。デジタルデトックスも、継続するには意志の強さが必要だし、映画をみて感受性を磨くことは助けになるだろう。
そんな説明をしても、「観客は犯罪者で、映画は懲罰? ヒドイ!」と納得しない方も多いだろうけど、いや、なかなかいい例えな気がするのだ。
島根の刑務所が行う受刑者同士の対話プログラムに密着したドキュメンタリー映画『プリズン・サークル』を観たとき、受刑者たちが自分と無関係な存在とはとても思えなかった。貧困や虐待や差別に傷つき、生き方を示してもらえなかった孤独な人たち、一歩違えば自分もそうなっているかも知れない姿があった。芥川賞を受賞した小説『東京都同情塔』は、犯罪者を「ホモ・ミゼラビリス(同情されるべき人々)」と言い換えるパラレル・ワールドを描いたもので、あらゆるものに配慮しすぎな社会への風刺が主眼ではあるが、犯罪者にも複雑な背景があるのだということをここでも考えた。
映画館に集う人の中に、同じような苦しみを抱える人は少なからずいるだろう。彼らとの差は、映画に出会えるかどうかという環境の違いだけかもしれない。欧米の刑務所では読書会がよく開かれており、想像力を養い、被害者の苦しみに気付けるようになることが、再犯防止につながっているという。先に映画がそれをさせてくれたから、私は犯罪者にならずに済んだのかもしれない。
スマホの見過ぎなどで感性が鈍っていると感じたら、ぜひ映画館の暗闇へ。今やストリーミングでしか映画を観たことがないという人も結構いるかもしれないが、そんな人にこそ新鮮に映り、新しい楽しみの発見になるのではと思う。アクション映画を大画面と爆音で観るのもいいけど、冒頭に挙げたような長尺映画は家では集中力が保てず絶対に見通せないし、『プリズン・サークル』のようなデリケートな題材のドキュメンタリーは配信やソフト化が難しく、映画館でしか観られないからおすすめだ。どんな作品でもいい。映画館を出るときは、身も心もデトックスできているはず。
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