空耳の向こう側へ
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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:いろは(ライティング・ゼミ9月コース)
「あなたと別れる理由は何もないわ〜」
女性シンガーの太く力強い声がリビングに流れる。
「でも、別れるわ」と歌詞は続き、その断固たる意志に圧倒される。
一時期、私のBGMでヘビーローテーションしていた曲だ。誰のなんという曲かを聞いても、私にはきっと覚えられないので、アレクサに「この曲好き」だと伝えたら、その後も頻繁にかけてくれるようになった。
そして何年間もずっとこの曲の歌詞の意味は「あなたと別れる理由は何もないけど、別れるわ」だと、思い込んで、聞きこんできたのだが、最近になって、ずっとこの歌詞の意味を間違えて覚えていたことに気付いたのだ。
20年以上前のことだ。タモリさんが司会を務めていた聞き間違いをテーマにしたテレビ番組があった。普段の放送は見ていなかったが、たまたま見た特番で、ある曲の空耳に抱腹絶倒したのを今でも覚えている。そのフレーズは
「生姜、安い〜、地下でとれたのに〜」
英語の歌詞が日本語に聞こえた瞬間だった。「シュガー」という曲のサビが「生姜、安い〜、地下でとれたのに〜」に聞こえる驚愕の事実に気付いてしまって以来、もう私の耳には、「地下でとれたのに、生姜は安い」としか聞こえない。人間の耳は面白いものだ。英語から日本語への空耳が生まれるのなら、英語から中国語にだってなる。
私はこれまで中国語の映像翻訳を仕事にしてきた。香港ノワール映画に恋をしてこの仕事を目指して、人やタイミング、ご縁に恵まれて、映画やドラマの翻訳ではなく、ドキュメンタリーや教育番組の翻訳をさせていただくようになった。
目を凝らして映像を見て、耳をそばだてて、話している声を聴いて、周辺の声や音を拾って全部、日本語に訳していくのだが、山ほど失敗をしながらも、毎日大好きな中国語に囲まれる暮らしの中で、耳がだんだん「中国語耳」になってきた。
中国語どっぷりの毎日なので「あなたと別れる理由は何もないわ」 と聞こえた曲「Million Reasons」のサビ、「million」が「メイヨウ」と聞こえるのは仕方ない。中国語で「没用(メイヨウ)」は「なし、ゼロ」という意味だ。つまり、私の脳内では「理由はない」と変換されてしまっていたのだ。
「あなたと別れる理由は何もないわ」
実際は「million reasons」で「理由は山ほどある」と歌っていたのに、私は真逆に理解していた。
私のこうした空耳は中国語の歌を聴いていても頻繁に起こる。例えば、あるラブソングの「更重要(ガンチョンヤオ=もっと大切)」を、「broken heart」と聞き間違え、「なんでいきなり失恋するの?」と戸惑ったこともあった。
日本語のヒット曲と同じように中国語のヒット曲も途中で英語の歌詞が入っていることが多い。だから耳は中国語+英語の曲にも慣れ親しんでいるはずなのに、どうして、それも割と歌のクライマックスの部分を聞き間違えたり、勝手に思い込んだりするのか? それこそ自分の耳を疑った時期があった。
だが、空耳と思い込みをする理由は、山ほどはなくてごくごく簡単な理由だった。
それは、歌手のイメージや自分の勝手な解釈が加わるからだ。
「million reasons」と歌っている女性シンガーは、メッセージ性の強い歌や、社会に向けて戦っている印象が強い方。声も太くて、力強い歌声が彼女の最大の魅力だ。
そんな強い人が別れる理由がいっぱいあるから別れるのって、カッコよくない。だから「没用(メイヨウ)reasons」=理由はない。と思っている私がいて、
「broken heart」と聞こえる歌を歌っているアジアのラブソングの女王は、切なさを歌い上げることに定評のあるシンガーだ。その人が、「更重要(ガンチョンヤオ=もっと大切)」と前向きな愛の歌は雰囲気と違う。私の先入観と期待があるから、私の耳は無意識に「broken heart」と着地したがるのだ。
あー、そういえば、思い出した。
はるか遠い昔、幼稚園生だった頃のある風景だ。
幼稚園の卒園間近、先生に卒園アルバムの運搬を手伝ってと頼まれたことがあった。アルバムは重たくて腕がプルプルしていたが、表紙に書かれた「お・も・い・で」の文字を見た私は思わず先生にこう叫んだ(ちなみに私は関西出身です)。
「先生、これ重たいから“重いでぇ〜”って書いてるの?」
真剣に言ったのに、先生は大爆笑していた。
この頃から私は、文字や音に対して自由な解釈をしていたのかもしれない。言葉そのものだけでなく、背景や状況も加味して勝手に意味を膨らませていたのだろう。
空耳や誤解は一見すると些細なものだが、私にとっては言葉との向き合い方そのものかもしれない。
「別れの理由は何もないわ」と思い込んでいた曲が、実際には「理由は山ほどある」と歌っていたことに気づいたとき、別れの理由は100万個にもなるし、ゼロにもなる。全ては自分のとらえ方次第なのだと妙に納得した。
聞き間違いや思い込みは私が言葉と遊び、楽しみ、そして学び続けている証拠なのかもしれない。そこには新たな発見や気づきがいっぱい隠されていて、言葉の表面だけを上滑りすることなく、心の奥を覗ける気がする。
苦手だと敬遠している英語をもっと勉強すれば、また新しい発見、新しい空耳が生まれるのかもしれない。ちょっと勇気はいるけど。
これからも私は空耳を楽しんで、誤解を笑い、その理由を探って、言葉を深く愛していこうと思う。空耳のその先に、きっとまた新しい物語が待っているはずだ。
***
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