メディアグランプリ

故人がいつまでも“生きつづける”世界 デジタルヒューマンは人を幸せにするか?


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記事:777(ライティング・ゼミ11月コース)
 
 
圧巻の歌声だった。
 
ロックバンド「BUCK-TICK(バクチク)」が去年12月に行ったライブでのことだ。
ボーカル・櫻井敦司さんの歌声は、迫力と魅力が漲っていた。40年近くロックシーンの第一線を走ってきたボーカリストとしてのスキルと存在感が、会場と体をびりびりと振動させてくる。
思わずステージの中央を見る。櫻井さんの定位置だ。
しかし、そこに彼の姿はなかった。ほかのメンバーはいつもと同じ立ち位置で演奏しているのに、櫻井さんだけがステージのどこにもいない。
この2ヶ月前、脳幹出血で亡くなられていたからだ。
  
櫻井さんの死後初めて行われたライブだった。櫻井さんの歌声は、シャウトやアドリブも含めて過去に録音された音源とデジタル技術を駆使して再現されていた。それは、歌にぴったりと合わさるメンバーの生演奏と相まって、いまこの瞬間に歌われていると思えるほど生々しかった。
その歌声によって引き起こされる興奮と感動は、姿は見えないとはいえ、生きている人のパフォーマンスを見るのとなにも変わらなかった。
だからこそ戸惑わずにはいられなかった。
 
他界した祖父母のことを思った。
彼らのことは折に触れて思い出すし、その度にいろいろな感情が湧き上がってくる。しかし、そのどれもが「思い出」の範囲を出ることはない。
どんなに彼らに思いを馳せ、心のなかで会話をしても、彼らはずっと思い出のまま。新しい会話をすることも、新しい思い出を生むこともない。
 
「亡くなった人」と新しいなにかを体験をすることはできない。そう思ってきた。しかし––
 
BUCK-TICKのライブでは、亡くなられた櫻井さんの歌声によって「新しい体験」が私のなかに生み出されていた。そして、それは生身の体験を伴う「新しい思い出」となった。
「人の死」に抱いていた私の固定観念、故人は記憶のなかだけでしか会えないという考えが、足元から激しく揺さぶられた。
  
「大切な人と、その死後も新しい思い出をつくれたら、どんなにすばらしいだろう」
 
これまでは空想することしかできなかった願いが、生成AI(人工知能)によっていよいよ現実のものとなってきた。
AIに、故人の生前の声、表情、しぐさ、本人が書いた文章などのデータを学習させ、故人の分身というべき仮想キャラクター「デジタルヒューマン」を作成して、リアルタイムで会話できるようにするサービスの開発が進んでいるのだ。
 
デジタルヒューマンは、AIがその場で思考し、新しい返事や反応をする。受け手はそのリアクションに対して新しい反応を返す。このプロセスは生身の人間と交わす現在進行形の会話となにもかわらない。
 
中国では、故人の映像・音声と対話型AIを組み合わせた「死者を復活させる」サービスが販売され、注目されている。
画面の中で、“故人”が生前と同じ姿、同じ声で自然に会話する。利用した遺族からは、「家族を失った悲しみが癒やされた」などの感想が出て好評だという。
 
生成AIの急速な進歩を見るかぎり、本人と見分けがつかないほどに「故人」を再現できるようになるのは時間の問題だ。
そうすると気になるのが、物理的な感覚をもって対話した本人そっくりの“故人”を、受け手はどのように認識し記憶するのか、ということだ。
やはり実体のないAIとして認識するのか、それとも生身の人間と同等の質感と実感をもった「故人」と誤認するのか。
 
もちろん故人とAIは全くちがう存在だし、それを混同することはないと考える人は多いだろう。
だが、AIによる会話の精度と充実度が上がれば上がるほど、故人のデジタルヒューマンはより「生きている人物」として錯覚されやすくなっていくはずだ。
現実と仮想が混同される可能性は、技術の進歩とともに今後さらに高まっていくのはまちがいない。
  
例えば、私は普段、両親とスマートフォンで連絡をとっている。
デジタル携帯電話を用いた会話は、生身の相手と直接相対していないという点、聞こえる相手の声はデジタルデータが変換されたものという点で、「AIとの会話」と同じだ。環境と仕組みにおいて、生身の人間も生成AIも区別はないのだ。
そこで仮に、両親の側が内緒で精巧なAIを使って私と会話をしたとして、私はAIだと見抜くことができるだろうか。できると断言する自信はない。
これと同じことが、故人のデジタルヒューマンにおいても言うことができる。
 
本物の人間と区別ができないデジタルヒューマンを作成できるようになれば、仮想的に故人を“生かしつづける”ことが可能になる。
そして、私が体験したBUCK-TICKのライブのように、“故人”との新しい交流によって新しい感情が生まれ、その感情と体験は、生者との交流と同じように記憶される。つまり、故人との「新しい思い出」が、本人の死後も生まれつづけることになるのだ。
故人が「思い出のなかの存在」ではなくなるのだ。
 
亡くなった人を“存在させつづける”技術は、「人の命」「人の尊厳」に対する価値観や倫理観を変え、社会のあり方さえ変えてしまう可能性がある。
そこには当然ながら、多くの議論されるべき問題と危険も含まれている。
 
2019年のNHK紅白歌合戦で、歌手の美空ひばりさんが、AIとCGによって再現された。このとき、涙を流して感動した人がいる一方で、「冒涜だ」と言って拒絶反応を示す人もいた。
また、デジタルヒューマンの技術は、偽映像のディープフェイクのように、故人になりすまして人を騙す詐欺などの犯罪に使われることも危惧されている。
 
このようなネガティブな面もあるデジタルヒューマンに、どう向き合っていけばいいのだろう?
願わくば、人や社会を良くするためだけに活用されてほしい。
ということで、当のAIに聞いてみた。
 
「デジタルヒューマンは、人を幸福にしますか?」
 
“デジタルヒューマン技術が人類を幸福にするかどうかは、その利用方法、目的、そしてそれに伴う社会的・倫理的な対応によります。この技術は多くの可能性を秘めており、適切に運用されれば幸福の増進に寄与することが期待されますが、一方で誤用や過剰依存は逆効果を生むリスクもあります”
 
”故人の代わりというよりは、「記憶を共有するためのツール」や「故人とのつながりを感じるための補助的存在」として活用することが現実的であり、倫理的にも受け入れられやすいでしょう”
 
人間以上に理知的な回答に、私の「現実と仮想」はしずかに揺さぶられた。
 
 
 
 
***

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2024-12-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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