シール運動
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:punneko(ライティング・ゼミ9月コース)
最近私は「シール運動」というひとり活動をしている。
毎日シールを持ち歩いているだけなのだが、その理由と、始めた日に起こった小さな奇跡をお伝えしたい。
そしてできれば、あなたもシール運動参加者の一員になってほしい。
子どもが小さかった十数年前、世の中は子連れに冷たいと感じる場面が多かった。 電車の中で子どもが泣き出すとあからさまに嫌な顔をされる。
エレベーターの中で、抱っこひもに入れている子どもの靴下を履いている足が当たった、とわざとらしく服を払うそぶりをされる。
ベビーカーが邪魔だと舌打ちされる。
思えばずっと、「すみません」と言っていたように思う。
その中でも一番強烈に覚えていることがある。
私にとっては天国から地獄くらいに気持ちをへこまされた出来事である。
子どもと延々と一緒にいると、たまには知的な刺激が欲しい、という衝動がわいてくる。
ベビーカーに乗せた状態で狭い本屋や静かにしていなければいけない映画館には行けないから、その日は「そうだ、近くにある図書館に行ってみよう!」と思い立ったのだった。
ベビーカーを置くスペースがちゃんと用意されていて、子どもをおろして図書館の中に入った。
久しぶりに本に囲まれる空気感や本のにおいが懐かしくて、うれしかった。
「なんだ、もっと早く来ればよかった。図書館ってやっぱりとても素敵な空間だ」
そんなことを思いながら、宮沢賢治の全集の1冊を手に取った。
長男は私の周囲で静かによちよち歩きをしている。
おとなしくしてくれていてよかった、と思っていた矢先だった。
先ほど図書の貸出券の受付をしてくださった司書の方が、こちらに近づいてきて長男におもむろに「危ないよ」と言ったのである。
私の周囲には誰もおらず、長男は何も触っていない。 私の足元にいる。
一瞬聞き間違いかと思って「あの……」と言いかけると、また表情も変えずに、今度はもっとゆっくり、はっきりと「危ないよ」と長男に言ったのだった。
そして私を一瞥すると、また受付席に戻っていった。
一瞬何が起こったのかわからなかった。
だけど明らかな敵意・拒絶を感じた。
悔しいのか悲しいのか腹立たしいのか、なんだかわからない気持ちで子どもを無言で抱き上げ、涙をこらえて入ったばかりの図書館を後にした。
たまたまその司書さんの虫の居所が悪かっただけかもしれない。
だけど私はそれ以来、図書館には行かなかった。
それくらい、初めての子育てでただでさえ自信もなく、センシティブなときにされる嫌がらせというのはこたえるし、引きずるものなのだ。
少したくましくなっている今だったらどうだろう?
にっこり笑って、「なにが危ないと思われたんですか?」って問うだろうか。
一方で、今でも忘れられない暖かい思い出もある。
電車の中で泣きやまない子どもを焦ってあやしていると、おばあさんが優先席を譲ってくださり「あのね、この子暑いのよ。コートと靴下を脱がせてあげて」と手伝ってくださった。 真冬で分厚いダウンコートを着せられ、ダウンのブーツまで履かせられた状態で抱っこひもに入れられていた子どもは、その呪縛が解けてほっとしたように眠った。
「ありがとうございます。私、気付かなくて」というと、おばあさんは優しく微笑んで、「みんなそうよ。子どもと一緒に、親も成長するの」と。
この時に出た涙は、図書館のときの涙とは真逆の、感動と感謝の涙だった。
あれから十数年が経ち、子育て環境もずいぶん変わった。
だけど意地悪な人というのはいつの時代にも存在するもので、泣いている赤ちゃんに舌打ちしたりベビーカーをわざと蹴ったりする輩はいる。
そんな光景を見ていると、いたたまれない気持ちになる。
「すみません」と謝っているお母さんの(あるいはお父さんの)心の涙が見えるからだ。
だけど私は、あのときのおばあさんみたいに、なんで泣いているかに気付くスキルもいまだにないし、赤ちゃんをあやしたりするのはうまくない。
自分ができることは前とあんまり変わっていないなあ…… と思っていた、そんなとき。
仕事でご一緒したある先生が、電車で出会うぐずった子どもをあやすためにシールを持ち歩いている、という話をなさっていて、それいい! と真似させていただくことにした。
小さな子がぐずっていたり、意地悪な人に嫌がらせをされているお母さんを見かけたら、「この子にシールあげてもいいですか?」って聞いて渡そう! 間接的に、「私はあなたの味方ですよ」って伝えよう! そう思ったら、私みたいな不器用な人間でも子どもが小さかった時に助けていただいたことへの恩送りができる気がした。
会社の帰りに文房具屋へ寄り、赤ちゃんが万が一誤飲してしまっても大丈夫そうなサイズのシールを買った。
帰り道。
駅で、保育園からの帰りなのか、疲れ切った顔で大荷物を抱えているお母さんの足にすがりついて「だっこー! だっこー!」と泣きわめいている3歳くらいの男の子。
わかるよ、おなかもすいているし、朝から夕方まで園にいて、疲れたよね。
そう思いながら見ていた時、ふと手にかかっている袋が目に入った。
「そうだ! これ今使わなくていつ使うの?!」 シール運動初始動だ!
「あの……。もし差し支えなければ、お子さんにシール、あげてもいいですか?」
疲れ切った顔で空を見つめていたお母さんは10枚くらいのシールを扇形に広げて近づいてきた不審な私に一瞬面食らって「えっ」と言い、私がもう一度同じことを繰り返すと「あっありがとうございます」と。
しゃがんで男の子に、好きなの選んでいいよ、あげる、というと泣き止んで選び始め、車のモチーフのシールをとってうれしそうに眺めていた。 「よかった! ご機嫌がなおって」 立ち上がってお母さんにいうと「あの、ありがとうございます」ともう一度言ってくださったお母さん。 言った瞬間に涙がぽろりと。 私もいろんな思いが込み上げてきて、涙ぐんでしまった。 「お互いがんばりましょうね」 と、心の中で握手してお別れした。
それから、通勤やプライベートで電車を利用するとき、私はいつも、バッグの中にフリーザーバッグに入れたシールを忍ばせている。 子どもの泣き声が聴こえたりすると、私はそのシールたちを入れた袋をぎゅっと握る。 「シール運動、いよいよ出動か?!」とドキドキしながら。
***
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