あのとき泣けなかったのに
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記事:小川 余(ライティング・ゼミ年末集中コース)
数か月前、義理の祖母が亡くなった。92歳だった。
義父から危篤の連絡を受け、私と夫は急いで病院に向かったが、30分遅かった。
義理の祖母は、義実家で義両親と義妹と同居していた。義母が実の娘にあたり、義父はいわゆる婿養子だ。
昨年大腿骨を骨折して入院するまで、毎日畑仕事をし、定期的に寺に行っては庭の掃除をしたりと活動的な人だった。季節問わず活動的すぎて、8月に熱中症になったこともあったくらいだ。
通夜のときに初めて知ったが、90歳を超えても自転車に乗っていたらしい。
でも退院前日、看護師に禁止されていたのにトイレに一人で行って転倒し、再び大腿骨を骨折して入院期間が延びてからは、転がるように認知機能が落ちていった。
最初の入院から半年ぐらい経ったころに実施された、長谷川式認知症スケールの4点という結果を聞かされたとき、介護の仕事をしている義母は思わず笑ってしまったと言っていた。
ちなみに、長谷川式認知症スケールでは30点満点中20点以下だと認知症の疑いありとされている。その中でも4点というスコアは、重度の認知症ですと言われているようなものだった。
二度目の骨折後に退院してからは、義実家宅のあらゆるところに手すりがつけられ、義母が自宅で介護していた。
しかし、短期間でそれも難しい状態になり、ついに介護施設に入った。施設で三度目の骨折をしてしまい、骨折箇所が骨盤付近だったことから外科手術を必要としたけれど、他の臓器が弱っていてできず、結局緩和ケアの病院で最期を過ごした。
元気なころ、私と夫が義実家に行くたびにいつも自分で育てた野菜などをくれ、私個人はそんなに話をしたことはなかったが、一緒に食事をしていても孫の嫁には優しかった。
私が彼女を最後に見たのはいつだっただろうか。
はっきりと思い出せない。
それでも、そのころ義実家に行っても、もうすでに食事を一緒に摂ることはできなかった。
うつろな目をした義理の祖母の顔を覚えている。
そのとき、私のことは誰なのか分かっていなかったように思う。
亡くなる前に、緩和ケアの病院にお見舞いに行けなかったことが心残りだった。
30分遅れで病院に到着後、医師の作成する死亡診断書と看護師によって行われる死後処置を待つことになり、霊安室で義両親と夫と私の4人で待機した。
義両親はだいぶ前から覚悟をしていたのか、それとも事務的な手続きをしなければいけないせいなのか、全く湿っぽくなく、むしろ二人ともあっけらかんとしていた。
そんな状況下で私が泣くのは場違いのように思われた。
夫の目は多少赤かったが、約10年前に結婚式で指輪交換をしたときほどではなかった気がする(そのときは徹夜だったのもあるが)。
死後処置を終えてご遺体が霊安室に運ばれてきたとき、亡くなる直前まで義理の祖母を担当していたと思われる看護師が数人泣いていた。その看護師たちは、ご遺体が葬儀会場に車で運ばれていくのを、やはり泣きながら見送ってくれた。
喪主は実の娘の義母ではなく、婿養子の義父がすることになった。
喪主に近い立場で、絶対に避けられない面倒な手続きに立ち会いながら亡くなった人を見送るのは、今回が初めてだった。40歳を過ぎるまでそのような経験がなかったことは、幸せなことなのかもしれない。
ただし、通夜でも葬式でも初七日でも、私はほとんど泣けなかった。
唯一涙が出たのは、霊柩車の弔笛を聞いたときだけだった。理由は自分でもよく分からない。
なんだかあまりにもあっけなくて、胸の中も空っぽで、義理の祖母との思い出がすらすらと出てこなかった。もちろん、一緒に過ごした時間が一人だけ圧倒的に少なかったというのもある。
夫や義妹が泣いているのに気づきながらも、私の内心は穏やかな心地というより無の境地、もっと言えば完全に他人事だった。亡くなった日とは違う意味で、毎回自分が場違いな存在のように感じていた。冷たい人間だと思われたくなくて、心を奮い立たせどうにか涙を目に浮かべはしたが、あくびをした後の方がずっと涙が出ていたかもしれない。
先日、四十九日法要と納骨を済ませた。
言うまでもないが、このときももちろん、涙は一滴も出なかった。
この文章を書くにあたって、義理の祖母が亡くなったときのことを思い出しながら下書きの構成を練っていたら、ふいに生前の彼女の姿が私の内側からあふれるように思い出されて涙が止まらなくなり、心底驚いた。
泣くつもりもなかったし、泣きたいわけでもなかったから、余計に。
嗚咽が漏れるほど感情的になってしまい、恥ずかしいので夫に知られないように、こっそり涙を拭き続けた。
この文章も泣きながら書いた。
なぜ、今だったのだろう。
本当はあのとき、もっと出てきてくれたらよかったのにな。
一瞬そう思ったけど、実は自分の中できちんと彼女の死に向き合えてなかったのかもしれないと思い直した。
ばーさん、仏さんになっちゃったね。
結婚して初めて義実家に行ったときに、ばーさんの話す方言が分からなくてきょとんとしていた私に向けてくれた笑顔、忘れないよ。
またいつかどこかで会うときまで、どうぞお元気で。
長い旅路、お疲れ様でした。
***
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