メディアグランプリ

「バス通ります」と言うだけで、月30万円もらえる仕事


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:石黒アキ(ライティング・ゼミ年末集中コース)
 
 
「バス通りま~す!」
私の朝は、外から聞こえるこの大きな声で始まる。
 
我が家は駅前のマンションだ。駅前には多数のバスがいる。朝は特に、通勤通学時間帯に被るため、このバスの発数は多い。加えて、駅前はとても狭く人通りが絶えない。そのため、バスが出発する際、歩いている人たちが道を渡り続けることで、バスの発車の妨げになる。バスの運行に影響が出るのだ。バスがスムーズに運行できるようにするには、彼らを制御する必要がある。
  
彼らに注意喚起し、バスがスムーズに運行できるようにする仕事。
それが、「バス通りま~す!」と大きい声で言いながら、人によけてもらう「声掛けの仕事」だ。
私はかれこれ4年近く、この声を聞いている。
  
ある日、私はこの仕事の人材募集をしていることを知った。駅前を歩いているときに、貼り紙を見つけたのだ。そこには、「給料月25~30万円」と書いてあった。しかも、稼働するのは朝の数時間だけなのだ。昼間は人通りが多くないから、この仕事は必要ないのだろう。
  
私はこの貼り紙を見て、すぐに思った。「バス通りま~す!」と言って、人によけてもらう仕事。月30万円。1日数時間。かなり、待遇がいいのではないか? 仕事を探して困っている人は、食いつきそうな仕事だ。そんな人にはうってつけの仕事なのではないか。
  
なぜ、こんなに稼働も短くて楽そうな仕事が、こんなに待遇がいいのか? こんなにいいなら、すぐに申し込みが殺到するに決まっている。コンビニで働くより楽なんじゃないのか?
その時は、そう思っていた。
  
だが、また別の機会に駅前を歩いていると、また同じところに同じ貼り紙を見つけた。
よく見たら、その貼り紙はとても色あせていた。長い間そこに貼られっぱなしだったのだ。
「声掛けの仕事」は、ずっと人材を募集しているということになる。
  
どうやら、この仕事を長く続けている人がいないらしい。
  
確かに、毎朝聞こえてくる「聞きなれた声」は3か月程度で毎回別の声に変わっている。
ある時は、控えめな口調で「バス通りますよ。危ないですからね」と優しく語り掛けるように声を掛けている人だった。だが、いつの間にかその声は聞こえなくなった。
またある時は、いつも怒り口調で「バス通りま~す! 危ないですよ!」と声を掛けている人だった。彼の声は、今まで聞いた中で一番大きくて、とてもよく通った。だが、その声も数か月で聞こえなくなった。
その後も、定期的に声が変わっているのだ。
  
なぜなのか。
  
私はこの「声掛けの仕事」を聞いてきた4年間を思い出していた。
私が知る限り、「バス通りま~す、ご注意ください!」と言っても、歩いている人はほとんど聞く耳を持たない。「バスの方がよけるだろう」「バスが突っ込んでくることはないだろう」「みんなも道を渡っているから私も渡ろう」そんな気持ちで、皆堂々とバスの邪魔になる所を通る。
また、通勤通学している人たちは、この声を毎朝聞いている。聞き慣れてしまっているのだ。例え、怒り口調で声を掛けられても、何とも思わないらしい。皆、声掛けを無視して堂々とバスの邪魔になる道を歩いている。これでは、バスのスムーズな運行を維持することができない。
そして、この仕事の採用は、どうやら一人だけのようだった。毎回一人の人が一定時間声を出し続けている。この仕事の辛さを分かってくれる人、悩みを相談できる人、愚痴を聞いてくれる人がいないのだ。孤独な仕事である。この仕事を、一人で毎朝繰り返すのだ。
私はここまで考えて、
  
「私だったら心が折れるな… …」
  
そう思った。
私は最初、この仕事の内容・時間・給料を見て「なんて楽な仕事なのだろう」と思っていた。働き始めた人たちも、もしかしたらそう思っていたのかもしれない。だが、こうして少し深堀してみると、全然楽ではないし、むしろ苦痛な仕事だ、いうことに気づいた。いくら、月30万円もらえても、これでは続けられない。きっと、今まで変わってきた声掛けの人たちも、同じような気持ちになり、数か月しか持たなかったのではないだろうか。
仕事は「募集」を見ただけ、外から見ているだけでは、本当の所はどうなのか? が分からない。経験してみないと分からないのだ。
 
今日もまた、私の朝は「バス通りま~す!」という、外から聞こえる大きな声で始まる。それは、今までに聞いたことのない新しい声だった。
 
 
 
 
***

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2025-01-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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