繰り上げスタート考
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記事:森下 昌英(ライティング・ゼミ年末集中コース)
「10秒前……、9,8、7、6、5……」
パンッ
「今、無情にも繰り上げスタートの号砲が鳴り響きました。母校のたすきを鶴見中継点に持って行っても、そこに待つランナーはもういません!」
毎年1月2日、3日、2日間にわたって繰り広げられる箱根駅伝。日本陸上界にあってはオリンピックに引けを取らないビッグイベントである。
実は私は学生時代、関東の大学にいて箱根駅伝を目指そうとした時期があった。力不足も甚だしく、レギュラーになるのは夢のまた夢の、さらにまた夢といった感じに終わってしまったのだが、貴重な経験もさせてもらったし、そのおかげでアスリートの端くれとしてスポーツ全般に対してこれまでとは違った視点を持つことができるようになったと思っている。
そんな私が今回考えてみたいのは、「繰り上げスタート」だ。
まず、「繰り上げスタート」とは何だろうか? それは、1位のチームが通過した後、一定時間が経過しても到着できなかったチームのランナーを、強制的に出発させてしまうというルールである。駅伝は一般公道を封鎖して行うため、遅いチームを待っているといつまでも行動の封鎖が解除できず、交通に支障来たしてしまうのだ。
ちなみに、交通封鎖はランナーが走っている地点だけ、ピンポイントで行われる。
封鎖開始は先頭ランナーが到達する5分くらい前。次のような手順で実施される。
「封鎖をはじめてください」というアナウンスを流しながら先導車がやってくる。
やがて先頭ランナーが通過。その後1チーム、また1チームと通過する。
最終チームが通過する、その後ろから後尾車がやってくる。
後尾車は、「最終ランナーが通過します。封鎖を解除してください」とアナウンスを行う。
これで封鎖は解除。最初から最後まで、ものの15分くらいだ。だが、この15分の間にドライバーと大会運営者の間でもめごとが頻発する。
大会運営者は、繰り上げスタートなんてさせたくないのが本音だろう。しかし、ドライバーに対する配慮もあってせざるを得ない。封鎖時間を減らせという要望は、警察から道路占有許可を取るときにきつく言われる。
ところで、後尾車について私には思い出がある。私は一度、最下位のチームとして駅伝を走ったことがある。タスキをもらったときにはすでに最下位だった。走っている間、ずっと後尾車の声が聞こえてくる。
「最終ランナーが通過します。封鎖を解除してください。ご協力ありがとうございました。」
「最終ランナーが通過します。封鎖を解除して……」
「最終ランナーが通過します。……」
「最終ランナー……」
「一番遅いランナーはここを走っています」と言われているような気がしてくる。自分を磔にかけるための十字架を背負って走っているような気分だ。
「こんなところにいるのは俺のせい(だけ)じゃないのに……」
なんだか焦る。焦る必要は無いが、とても焦ってくる。
「最下位なのは自分のせいじゃない」と思わせたくて、必要以上に力が入る。
自然とオーバーペースになる。
だんだん疲れる。
どうにもならなくなってくる。
失速する。
思った以上に時間がかかる。自滅だ。
そして、中継点に到達したら次のランナーはもういない。
繰り上げスタートは、1区からのランナーが次から次へと自滅した結果であって、自業自得でしかない。繰り上げスタートで母校のタスキを取り上げられるのは当然の報い、つまりは「罰」である。今はそんな時代ではないが、当時監督から「罰としてそのまま寮まで走って帰れ」と言われても言い返せなかったと思う。
交通事情への対応からはじまった繰り上げスタートは、ここで「失敗への罰」という機能が付与された。
けれども、この「繰り上げスタート」に着目し、「頑張ってきたけど報われなかったランナーの心情を思い遣って涙する」というのが、いつの間にか復路の定番となった。
レースの主導権をめぐり、激しいつば競り合いが繰り広げられる往路と違い、前半で作ったリードを守って逃げるのが復路である。中継のテンポはどうしても間延びする。
だから、繰り上げスタートを盛り上げて刺激をつくるという手法はとても上手だ。最初に思い付いた人は天才だと思う。
交通事情への対応、「失敗への罰」という機能を持った繰り上げスタートに、「優しさ」が加わったのだ。
選手にとっても、この流れは都合が良い。「目いっぱい頑張ったけどダメでした」という表情でゴールラインに倒れこめば、観客や視聴者の同情を引くことができ、自分の責任が若干和らぐ(ような気がする)。というか、私が駆け込んできたランナーならそう思うだろう。
私は、この最後に挙げた「優しさ」が、選手にとっては「行き過ぎた優しさ」であるような気がしてしまう。結果として、失敗レースを取り上げてもらって、テレビに映って、優しくしてもらったことになってしまうのではないか。箱根駅伝の目的は、世界に通用する、オリンピックでメダルを取れるようなランナーの輩出であるからには、失敗レースに焦点を当てるのはいかがなものか、と。
と思ったものの、この「罰」と「優しさ」の間に多くのドラマが発生したことも事実であり、今年も優しい気持ちでテレビ中継を見守った。
正月、日本の将来を背負う若手ランナーの走りを頼もしい気持ちで見守りながら考えた余計な事を記す。
***
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