生活の中の異次元
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:後藤尚子(ライティング・ゼミ年末集中コース)
「今回は、Y温泉に行ってみたい」
娘からそう提案があったとき、わたしは一も二もなく快諾した。
わたしの故郷は鹿児島だ。毎年、お盆と正月には家族と共に帰省する。
わたしはいわゆるセラピストと呼ばれる仕事をしていて、昨年の年末はありがたいことに朝から晩まですき間なくご予約をいただき、それに加えて、今回のライティング・ゼミを視聴、毎日課題提出というスパルタ講座に取り組んでいたため、息つくひまがなかった。
そこへ、娘の口から飛び出してきたY温泉。お正月はお湯に浸かって癒されたい。行く行く、行くに決まってるじゃないですか! ナイス提案。娘よ、ありがとう。
鹿児島は、雄大な桜島を抱く火山県だ。
火山のあるところには何がある? そう、温泉だ。
天孫降臨、神話の里として有名な霧島。砂蒸し風呂で有名な指宿。そのほかにも、鹿児島には各地に良質の温泉がある。もちろん、鹿児島市内でも、どこそこで温泉が湧き出ている。
なにより素晴らしいのは、住宅地のなかにあるおふろ屋さん、いわゆる銭湯でもほぼ100%湧き出る天然の温泉に浸かれることだ。
だからたぶん、鹿児島では「温泉」という言葉と、「銭湯」という言葉が混同して使われている。
このたび娘がリクエストしたY温泉は、熱海とか下呂とかと同じような温泉地の名前ではなく、ごく普通の銭湯の名前だ。「○○の湯」というネーミングのところもあるけど、沸かし湯ではなくて本物の温泉の湯を使っているのだから、Y温泉と名乗っても良い。というわけで、鹿児島市内では、いたるところに「○○温泉」が出現する。
Y温泉は、実家から車で10分のところにある。
わたしが子どものときからあって、いつも乗るバスの窓から見ていたので存在自体はおなじみの温泉だが、行ったことはなかった。なぜなら、もっと近所に複数の温泉があるからで、わざわざY温泉に行く必要がなかったのだ。
だが、去年のお盆に帰省した際、母がY温泉もいい、と薦めてきた。最近改築されて、きれいになったと言う。
歩くことが好きな母は、1時間以上かけて家からY温泉までを大回りルートで歩いていき、Y温泉に浸かり、その後最短距離を走るバスで帰ってくるという、後期高齢者とは思えぬ健脚ぶりを示す新たな散歩コースを開拓していた。
ちなみに、母の入湯料は100円なのだそうだ。
鹿児島市では、高齢者には敬老パスが発行され、そこに月30回、1回100円で市内の温泉に入れる特典が付与されているというのだから、驚愕である。鹿児島の高齢者は、なんと恵まれているのか。
さて、正月2日。いよいよ念願のY温泉だ。
銭湯なのでシャンプーなどの備え付けはなく、持参する必要がある。母が手慣れた様子で、それらを小さなカゴに準備してくれた。
Y温泉につくと、15台分の駐車場は満車。第2駐車場はないかと探してみるものの、ないようなので空くのを10分ほど待った。
ようやく1台が出て、そそくさと駐車し、いざ中へ。入るとすぐにこぎれいなカウンターがあって、コーヒーメーカーなどが置いてある。およよ、カフェ? ではなく、番台であった。想像を超える異次元ぶりにワクワクが高まる。
目の前の自動販売機で、娘とふたり分920円の入浴チケットを購入。カフェのオーナー然とした番台のおじちゃんに渡して、女湯ののれんをくぐる。
そこは脱衣場。ありゃ、狭い。想像以上に狭い。お正月2日ということもあって混みあっているのか、さらに狭い。
だが、よくよく考えてみろ。ここは銭湯なのだ。スーパー銭湯のような娯楽施設でも、温泉地の高級旅館のおふろでもなく、生活のなかのおふろ、銭湯なのだ。そしてわたしは帰省客。このご近所のみなさんのおふろを、ちょっとおすそ分けしてもらう身。つつましやかにY温泉をいただこうではないか。
浴場も決して広くはなかった。でも、こじんまりとして清潔感がある。
さっそくからだの汚れを洗い流す。お湯レバーと水レバーが別々にある、自分で好みの湯音にカスタマイズしてねタイプの蛇口。これこれ、銭湯と言ったらコレですよ。だが、お湯レバーを押すと、ものすごい量のお湯が噴き出る。このあたりも温泉感をひしひしと感じる。お湯があふれてているのだ。
それから、中央にある湯船に身をしずめる。
ふおおおおおおー。
しばし放心状態。……。
疲れが全部抜けていく。地球の中心から湧き出てきたお湯に身をゆだねると、凝り固まった2024年の邪念が溶けていくようだ。
お湯は極端なヌルヌルではないが、ほんの少しとろみがあって、からだを包み込んでくれる。やさしさあふれる、といった感じ。湯音もちょうどよく、いつまでもくるまれていたい。
存分にあったまって、心地よい脱力感を感じながらからだを拭いた。ぽかぽかが冷めない。
脱衣場にはどんどん人が入ってくるが、お湯からぬくもりとやさしさをもらった分だけ、わたしもぬくもりとやさしさを誰かに分けてあげたい。だから、「お先にどうぞ」と言って、ロッカーの前で着替えるのを待つ。待ってても、ぽかぽかは冷めない。
着替え終わって、のれんの外に出る。
そこでは外国のお客さんと思われる方が、カフェのオーナー、ではない、番台のおじちゃんとおしゃべりをしていた。
海外の観光客が住宅地に入り込んでくることには基本、反発を覚えるわたしだが、Y温泉のお湯には浸かってもらいたい。あんまり宣伝しないでほしいけど、あなたの大好きな人には教えてあげてよ、と思った。
Y温泉はカフェではないが、コーヒーなど数種類の飲み物を販売していて、そのなかのクラフトコーラというのに心惹かれた。からだもまだぽかぽかしているので、冷たい飲み物をからだが欲している。
さっそく注文をすると、オーナーが目の前で作ってくれた。邪念を洗い流したからだにジャンクドリンクは入れたくないが、数種類のスパイスをブレンドして作られたクラフトコーラなら許せる。一口飲むと、じつに美味しい。
そういうわけで、わたしと娘は大満足で帰宅の途についたのである。
その夜はいつもまでもぽかぽかしていた。
考えてみれば、鹿児島の銭湯温泉は不思議な存在だ。
生活の中にある、異次元。日常と非日常が混在する、最近の言葉で言うなら、ちょっと頭がバグる場である。
あまり人には教えたくないし、観光ルートに組み入れてほしくもないが、わが故郷の自慢の空間を、「分かる人」にだけは知ってほしい。
それは、銭湯温泉のみならず、わたしの故郷そのものに対する思いでもあるのだ。
***
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