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私の将来にベネチア行きが予約された件


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人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:田口志郎(ライティング・ゼミ11月コース)
 
 
「一緒にベネチアを目指しませんか」
 
それは、ある時、メッセージで送られてきた。魅力的な誘い文句だ。しかし、その意図を瞬時には読み取れなかった。もちろんベネチアは分かる。イタリアの「水の都」として知られる有名な都市だ。だが、私には縁もゆかりもないし、ヨーロッパで行きたい都市ならロンドンだ。
 
そんな私に、なぜこんなメッセージが来たのか。
 
少し時を戻そう。
 
私は仕事のストレスからメンタル不調を来たし、会社を辞めた。その後、体調が回復し始めてから、自分の将来を考え直していた。だが、将来はいまだおぼろげだった。
また、私はメンバーの交流が活発な、社会人中心のコミュニティに属していた。ある時、メンバーであるRさんの発信したメッセージが目に入った。クラウドファンディングのお知らせだった。
 
「高校生が挑戦! 個展を開催したい」
 
とあった。
そう、Rさんは女子高生で、メディアアーティスト。3DCGで表現する芸術家だった。
 
Rさんと面識はなかったが、人生の先輩として、若人の挑戦を応援したいと思った。また、今までメディアアーティストや、高校生と関わる事はなかった。だから、新たな関わりが、何かを気づかせてくれるかもしれないとも思った。熟考の末、本人の作品解説付きプランで応募した。
しかし、私の意気込みをよそに、Rさんとの出会いはあっさり果たされた。私がコミュニティのバドミントン会に参加すると、Rさんもメンバーで、母親のYさんと一緒に参加していた。クラウドファンディングに応募していることもあり、Rさん、Yさんとは話す機会が増えた。
ある時、私はYさんに言った。
 
「個展で、お手伝いが必要なら遠慮なく言ってください」
 
Rさんを応援したい気持ちから出た本心であった。しかし、社交辞令と取られてもおかしくない。だが、この発言が、私のその後を大きく左右する。
 
しばらくして、Yさんからメッセージが届いた。
 
「個展準備に人手が足りないから今すぐ来て!」
 
よもやよもやだ。本当にお手伝いの機会が訪れるとは! 慌てて駆けつけ、お手伝いに奔走した。お手伝いは数日にわたり、参加予定のなかったクロージングパーティーにも参加、立ち位置はもう完全に運営側だった。
 
個展のお手伝いを通してRさんのことが分かってきた。
まずはその作品。
RさんとYさん、共に聴覚過敏であり、音に悩まされることが多かったそう。そこから「音を可視化してコントロールできたら」という発想が生まれ、MR(複合現実)として体験できる映像作品の制作につながっていた。
映像作品は、音と映像がよく調和していると「音と映像の融合」と賞賛される。しかし、調和ではなく、音の可視化、音そのものの映像化はユニークなもので、文化庁育成支援事業に採択されたのは、そういった新規性もあってのことと思われた。
作品は、ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を装着して体験する。現実の風景にCGが重ねられ、自分の行動が反映されるインタラクティブなものだ。無重力に浮かぶ水と穏やかな音が織りなす空間。HMDにより、モニターの映像をただ眺めるのと違い、その空間に自分が入り込んでいると感じられるものだった。
そこでは、発した声が水となって現れる。自分の手を動かすと、それもCGとして映し出され、その映像の手で、水を操ることができる。水の操り方によって、元の声にいろいろな変化が加えられて、再生されるのだ。
神秘的で幻想的、また、温かく優しさが感じられる空間だった。私も体験したが、Rさんから感じられる印象をそのまま映しているようだった。また、何故か童心をくすぐられる空間でもあった。私は水の塊を何度も手で切り分け、どれだけ小さい塊を作れるかに没頭してしまった。実際に水を触ってはいないし、感触をフィードバックする仕組みもないのに、不思議と水に触れていると感じた。空間への没入感が高いことで、脳が錯覚を起こしたのかも知れない。そうなるほどに、不可思議な体験のできるものとなっていた。
 
キャラメルポップコーンが好き。じゃ〇りこが好き。チョコレートは嫌いだけど、いちご〇ッキーは好き。おにぎりは鮭といくらでお願いします。
……これは買い出し時のメモだ。
 
話を戻すと、Rさんはいろいろな生きづらさと共に生きてきた。聴覚過敏もその一つだが、周囲と馴染めなかった過去があり、自分は独りぼっちだと思っていた。会場に飾られていた自筆のイラストには「隠居したい」と書かれていた。一見、若者に似つかわしくないと、笑ってしまう表現だが、Rさんにとっては、人生辛い事ばかり、希望がないことから出た、心の叫びだった。
似ていた。私も学生時代は、周りの人たちと仲良くなるのが苦手だった。Rさんほどではないにせよ、同種の苦しみを味わった身として、シンパシーを感じた。そして、Rさんがその苦しみを感じないで済むよう、何かできればと思った。だが、すぐに名案は浮かばなかった。
私が個展を通して感じたことがある。来場する参加者、運営をサポートする人たち、共に惜しみなくRさんを応援しようという気持ちに溢れていた。自分では独りぼっちと思っているRさんだが、人を惹きつける力があるのだ。
Rさんがこの経験から、もう独りぼっちではない、辛いだけの人生じゃない、そう感じていて欲しいと切に思った。
 
Rさんと周りの人たちの努力の甲斐あって、初めての個展は大成功に終わった。
 
しばらくして、今度はRさんからメッセージが届いた。
 
「プログラミングやりませんか?」
 
私は、元ITエンジニアでプログラミング経験者だった。そのことをYさんには話していたので、それが伝わったのだろう。もちろん、こんな誘いが来るのを期待して言った訳ではない。単に身の上話をしただけだ。
だから、青天の霹靂だった。
 
そして、冒頭の言葉だ。
 
「一緒にベネチアを目指しませんか」
 
ベネチアは世界的な映画祭の開催地。つまり、Rさんの映像作品を作るチームに参加して、映画祭に応募する作品づくりを一緒にやりませんか? ということだ。
世界への挑戦。この件は、経産省の人材創出事業に採択され、十分なバックアップ体制の下、実行される。記念受験ならぬ記念応募の遊びで世界に挑む訳ではない。私はこれほど意義の感じられる活動に参加したことはない。そして、私が心から力になりたいと思った相手が、私の力を必要としてくれる。こんなに嬉しいこともない。
その表現、その意味するところ。これほど心揺さぶられる誘い文句が、他にあろうはずもない。
 
状況の全てが、私に「やれ!」と言っていた。ジェンダーレスの時代、男がどうこうというのは不適切だろうが、あえて言う。
 
「これでやらなきゃ男がすたる」
 
私の将来は決まった。ベネチアに行く。いや、気が早すぎる。まずはプログラマー復帰だ。
 
 
クラウドファンディングの支援を決めたときから、思いもしない展開で二転三転、あれよあれよという間に、目指す目標ができた。おぼろげだったものが、明確な形を持って現れてくれたのだ。
「人との縁は大事」と思っていた。だが、それが実際に自分の人生に大きく関わったと実感したのは初めてのことだった。まったく嬉しいハプニングで、レアな体験だ。これからも人との縁は大事にしていく。あとはベネチアに向かって突き進むだけだ。
 
 
 
 
***

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2025-01-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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