メディアグランプリ

雨雲みたいな気持ちに一筋の光を差した「NYの街から生中継」


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記事:パナ子(ライティング・ゼミ9月コース)
 
 
「一本の映画みたいでカッコよすぎたよ!」
日頃あまりテンションの高くない姉が年明け一発目によこしたLINEのメッセージはこれだった。
 
大晦日に放送された紅白歌合戦に出演した藤井風(ふじいかぜ)だ。
NYの街から生中継で届いた映像に感動する余り、是非観て欲しいと布教活動を開始した様子の姉は、ご丁寧にNHKが公式で出しているYouTube動画を貼り付けてくれていた。
 
幼い兄弟たちを寝かし付けるため、大晦日も早めに床についた私は、後半に出演していた彼をまだ観ていない。
(映画? ふーーーん。そんなに??)
 
三が日も無事に終わり、正月を過ごした実家から帰宅した私は(どれどれ)という軽い気持ちで藤井風㏌NYの録画を観だした。
 
……。
結論、泣いた。
映画どころの話じゃなかった。人生そのものだった。
気軽に見始めたから全然心の準備が出来ていなかった。
今このタイミングで観るには、私の心をえぐり過ぎたのだ。
体じゅうの血液がギュっと心臓に集まったかと思うと、温かさをもって体内を駆け巡り、ツンとした痛みと共に目からは涙がじわりとこぼれ落ちた。
 
藤井風は小学生の頃からYouTubeに投稿していた弾き語りのカバー動画をきっかけに徐々に有名になり、デビュー前に開催されたワンマンライブツアーもチケットが完売するなど急速にファンを増やしていった。
 
お父さんに教わった「常に助け、決して傷つけない」という概念が、藤井風の心の中心にどっしりと座り、壮大なテーマで歌う彼の声にはたくさんの救いがあるようで若干27才とは思えないほどの成熟を感じる。
 
今回披露した「満ちてゆく」という歌、全ての出来事には必ず終わりが来る、と言っているのだが、年末から帰省していた実家で私はこの「終わり」を感じずにはいられなかった。それは大きな喪失感と共に私を襲い、正月早々物悲しい気持ちが拭えなかったのだ。
 
理由は家族の人数が減ったことにあった。
一昨年の12月、闘病生活もそこそこに亡くなったばあちゃんの存在が大きすぎて私はかなりの衝撃を受けた。夏に「綺麗かね」と一緒に花火をしたのがついこの前みたいに感じるのに、ばあちゃんはあっという間に逝った。
 
思い通りに運ばない子育てで苦しんでいたさなか、ばあちゃんだけは「大丈夫、大丈夫、心配せんでよか」と背中を優しく押し続けてくれた。母を早くに亡くしていたこともあって、ばあちゃんの力強い応援を私はいつも頼りにしていた。
 
ばあちゃんの一周忌も終わりやっと気持ちの整理がついた頃、今度はじいちゃんがこけて骨折し入院した。手術を経てなんとか治療は終わったが、自宅に戻り日常生活を送るのは難しいと言う事で、老人ホームへの入所が決まった。
 
祖父母と父、三人で暮らしていた実家には、父ひとりだけが残った。
田舎特有のただただ広い家は、子供たちが走り回っても気にならないありがたさの反面、賑やかに存在していた家具たちまで生気を失ったようで、私の心を重くさせた。
 
じいちゃんの入所の手続きでバタバタしていた父は疲れ切っており、読み取れる表情も明るくはなかった。
 
私は悟った。
子供のように振る舞える時代はもう終わってしまったのだ、と。
ここにきて母の死がまたもや重く響いてきた。何であんなに早く死んでしまったんだ、母がいたら父ももう少し元気でいられるのかもしれないのに、と。
 
もちろん、自分の家族を持った今、私は母としての明確な役割がある。それを理解したうえでも、子供時代から大人になるまで、愛をたくさんくれた母とばあちゃんの事が無性に恋しくて恋しくてたまらなくなった。
 
やるせない気持ちを抱えて帰宅した自宅で、初めてNYの藤井風と向き合った時、私にもひとつの救いが現れた。きっとそういう事だった。
生中継の映像はストーリー仕立てで、冒頭部屋で昔のアルバムをめくっていた彼はいったんバッグにそれを詰めるが、家を出ていく時にバッグごと置いていく。
「変わりゆくものは仕方がないね」と言って。
 
その代わりに、「手を放す、軽くなる、満ちてゆく」と唱えるのだ。
そして道の途中で会った少年に唯一持っていたマフラーを巻く。何もなくても全てを差し出すというこの仕草に私はまた愛を教えてもらった。
 
街並みを上昇していくなかで彼はNYの朝日を顔いっぱいに浴びながら「生死を越えてつながる」と力強く歌った。
 
忘れていた。
母が亡くなった時も、ばあちゃんが亡くなった時も、今までたっぷりと受けた愛情で私の細胞ひとつひとつが生かされてきたことを深く感じたはずだったのに、家の変わりようを見て「喪失感しかない」などと思ってしまったのだ。
 
違う。
私の中に母もばあちゃんもちゃんと生きている。魂はある。
でも死ぬときは何も持っていけないし、モノを残せるというのもまた少し違う。
本当に残すことができるのは、気持ちだけだ。
愛していた、愛されていた、という実感だけだ。
それだけでいい。心からそう思った。
 
人間は弱い生き物だ。
だからまた人からもらった愛情をたやすく忘れて悲しんだり嘆いたりすることもあるだろう。
 
そしたらまたこうやって思い出せばいい。
NYで優しく語りかけるように歌った藤井風が私に大事な事を思い出させてくれたように、人は必要な時には必ず何かしらのメッセージを受けることができるのだと信じているから。
 
 
 
 
***

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2025-01-09 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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